208、怪物の正体見たり
※※※
そもそもその名前を知っている者は僅かでしかない。現場で対処を行う魔法少女たちと、一部の警察の上層部、国の人間、魔法機関。
その中で、その正体までを知っている者はたった数人である。
「困るんだよねえ」
「はい」
「最近、滞ってるらしいじゃないか。エネルギーの生産」
「はい」
「はい、はい、じゃ困るんだよ。ちゃんと打開策を出してくれなきゃ」
尻のおさまりが悪いらしく、男はでっぷりと太った身体を箱型のソファーの中できつそうに揺らす。オーダーメイドらしいスーツのボタンは今にもはじけ飛びそうで、それでも必死に男の腹回りを押さえていた。
目の前にメガネで痩躯の男が立っていてもお構いなしに椅子をがたがたを揺らし、ようやく太った男は落ち着く。
「聞いてるよ? 減ってるらしいじゃないか。あのー、魔法少女だっけ?」
「それは彼女たちに協力してもらうための仮名です。本来は魔法エネルギー生産体といって、」
「あーいいよいいよ名前なんて。本題に入ろう」
説明をしかけた痩躯の言葉を遮って、太った男はテーブルに置かれたワインをひと口すすり、口を潤す。部屋の豪奢な照明が反射して、唇が蛇の腹のようにぬめって光る。
「こっちはね、国のエネルギー問題を解決できるってそっちが言ったから出資してるわけ。なのに困るよ、この期に及んで出来ないかもしれないって言われちゃ。今まで使ってたのが今後使えませんなんて、国民は納得しないよ」
痩躯は丸々と肥えた指にはまった大ぶりの宝石たちをちらりと見降ろしてから、心の中で「どの口が」と毒づく。太った男が国のためなどではなく、こっそりと懐に入れる利益の方を目的として出資しているということは、彼の所属する組織では周知の事実だった。
「はい、この計画に出資いただいている辰布里様には本当に申し訳なく」
「別にね、謝罪が聞きたいわけじゃないんだ。これからどうすんのって話だよ、君」
お前が作ったエネルギーを外国に売っぱらったりしなきゃ、もっと余裕をもって対策できたかもしれないのにな。
しかし次々と浮かんでくる悪態を出資者にぶつけるわけにもいかず、痩躯は太った男に対し頭を下げ続けた。
魔法機関。それが痩躯が所属する組織の名前である。
大まかな仕事は魔法少女を生み出し、管理すること。そして、そこから生み出されるエネルギーを国へと還元すること。原発にも火力にも風力にも石油にも、ありとあらゆるエネルギー資源に頼らない、新たなエネルギーとして。
別名オカルト機関とも呼ばれる組織の名前は、公にはなっていない。国会中継で見るような人物たちの中でも、その組織を知っているのはごくごく一部だけである。
何故、国のエネルギー問題に取り組んでいる組織が秘密裏な扱いをされているのか。
その理由は組織が扱う「魔法」という極めて非科学的な事象と、彼らが行っているエネルギーの生産法にあった。
結果から言ってしまえば「魔法」はある。長い年月の中で差別され、迫害され、敵意を向けられながら、それでもひっそりと隠れるようにして生き延び、確かに今も存在する技術である。
魔法機関の成り立ちは、創立者が魔法を使う知的生命体、俗に言うところの「魔法使い」のひとりと交流があったことから始まる。
魔法のもつエネルギー性に目を付けた創立者の根気強い交渉で、人との関係に飢えていた魔法使いは懐柔され、そして確保された。今はただ魔法を少女たちに与える「物」として今も組織に保管されている。
解析が進み、魔法が電力や石油等に置換できるようになると、創立者が目を付けた通り魔法は素晴らしいエネルギー源となった。大きな場所を使うことも公害物質がでることもなく、必要なのはそれを扱う人間のみ。たったひとりでありとあらゆるエネルギー生産施設を上回る量を確保できる。
だが、そこで問題が起きた。消費されるエネルギーに生産が追い付かなくなったのである。
魔法には使用限度があり、魔法使いひとりで生産するエネルギー量には限界がある。そこで持ち上がったのが「魔法使いを増やす」という案だった。
適性がある、という理由で少女たちが選ばれた。不思議なことに魔法使いが作り出した魔法を扱えたのは、少年でも大人たちでもなく、魔法を使うことに憧れをもつという共通点をもつ、ごく一部の少女たちだけだったのだ。
その制約は組織の人間の頭を悩ませたが、少女たちはむしろ「選ばれた特別な自分」を喜んでいるようだった。
少女だけに使える魔法。
「魔法少女」という名前を使うようになったのは必然だったように思う。
「減ってんなら増やせばいいって話じゃないのか? 今までのように小娘を騙して魔法少女とやらに引きずり込めばいい」
「……申し訳ありません。こちらも増えすぎた怪物の対処に手一杯でして、今までのような勧誘、研修に回す人員がなく、」
そして魔法少女として戦ってもらうために、魔法を使ってもらうために、魔法を使う大義名分として生まれたのが「
爆発的に増えることがないように「ストレスを限界まで抱えたものを怪物化させる魔法」を作らせ、ランダムに出現するように街にばらまいた。魔法使いがそうあれとしたせいなのか、生命の危機を察知すると人間に戻ってしまう欠点はあったが、それも少女たちの達成感に繋がるだろうと問題視はされなかった。
要は魔法少女と怪物は本人たちが気づいていないだけでマッチポンプの関係にあるのだ。
変身したい姿や魔法をカウンセリングで聞き出し、魔法使いに魔法を作らせる。
それを「変身アイテム」として配り、魔法少女になってもらう。
準備した破壊の怪物と戦いわせ、魔法を使わせる。
魔法を使った分だけ溜まったエネルギーを「アイテムの調整」として都度回収する。
手間はかかったがそれでもうまく回っていた、と痩躯は思う。少女たちへの身体への負荷が大きいとわかった後も、計画は止まらなかった。組織の誰もがわかっていたのだ。「たった数人で国全体が助かる」ということの素晴らしさを。
だが、そんな喜びが続いたのも魔法少女が減少するまでの間だった。戦うことが少女たちの心理的負担になっているとの指摘もあったが、街にばらまかれた魔法は止められない。魔法少女たちが戦わない限り、怪物は増えていく一方だ。
「そもそもさ、そんな怪物作ったりなんて回りくどいことをせずとも、拉致でも監禁でもして魔法使わせればいいって話だろうに」
「……ご理解ください。情報操作にも限度がありますし、それに我々も好んで彼女たちを苦しめたいわけではないのです」
「嫌だねえ、今になってもいい奴ぶっちゃってさ。……で、どうするんだ。少ないんだろう」
少ないどころか最後のひとりとも連絡が取れないんです、とは言えなかった。それを言ったが最後、出資者の男が烈火のごとく怒り狂い「出資を止める」と言い出すことは目に見えていたからだ。
「益のない話なんぞ、こっちはいつだって切ってもいいんだ」
「適正のある少女、つまりは魔法に憧れをもつ少女が不足しているということが課題ですので、まずはそのための広報を」
皆で長々と話し合った内容を痩躯が告げようとした、そのとき、
「っ⁉」
「なんだ? 停電か?」
ぶつん、と電気が消え、部屋が暗闇に閉ざされ、
「へえー、そういうことだったんだ」
聞き覚えのある、声が聞こえた。
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