207、新たな相棒、ただいまと始まり

 沈む直前に最後の光を放とうと、太陽はより強く家々の壁を赤く染め上げ、影を長く引き伸ばす。雲は形を変え、穴が開いていたことなど忘れたように流れていく。

 非日常は姿を消し、当たり前の日常が戻ってくる。


 チカは「申し訳ございません……もう二度と彼女には近づきませんのでビームだけは……後生ですから」と寝言を言っているサラリーマンを雑に放り、電柱へと寄り掛からせた。


 破壊の怪物ブレイフリークスは怪物化が解けると負のエネルギーがなくなった影響か、無害になる。それはチカの経験上わかっていることだった。

 過去にしでかした罪が消えることはない。だがそれでもこの男はもうミユちゃんとやらに付きまとうことはないだろう。


「っていうか魔法を使わなきゃいけないのも嘘とか、嘘だらけじゃんあの人たち」

【失望しましたか?】

「……いーや、逆に燃えてきたって感じ」


 「君には魔法少女の才能がある。何年かにひとりの逸材だ」と話しかけてきたスーツの姿を思い出す。アニメにでてくる魔法少女の相棒妖精とは言うことが全然違うと当時はがっかりしたが、考えてみればあれもよくある釣り文句のひとつだ。ドラマで見た、売れない地下アイドルが誕生するその導入。


 少し考えれば適当な誉め言葉だとわかるだろうに、とチカは自身を笑う。そんなわかりやすい大きな釣針に引っかかってしまう程度には、中学生のチカは浮かれていたのだ。


 テルタニスの淡々と事実だけを聞く問いかけに、チカは頬を両手で挟むとぐいっと上に持ち上げた。ため息をつきかけていた口が弧を描き、不敵な笑みを作り出す。


「ここまでボコしたい材料がそろってるとさ、もう楽しいじゃん?」

【そうですか。わたしの存在意義がなくなることはなさそうで何よりです】

「……というか、気になったんだけどさ」


 そう言って言葉を切ったブローチにチカは変身を解いて視線を落とす。突然だったせいか当たり前のようにテルタニスの声がすることを受け入れていたが、ここまで話ができるとなるとただの自動音声というわけでもないらしい。


「なんであんた当然みたいに会話できてんのよ」

【おや、意外に気づくのが早かったですね。あなたのくせに】

「ムカつくとこは全然変わってないわねあんた!」

【誉め言葉です。あなたにしては早かったな、という】

「それが貶してるって言ってんのよ、テルタニス」


 姿かたちは変わってもまったく口は減らないんだからと、チカは眉間に皺を寄せる。するとテルタニスの声は淡々と【違います】と否定の言葉を続けた。


【正確にはわたしはテルタニスではありません】

「……どういうこと?」

【わたしは自立型サポートシステムシャーロット。あなたにわかりやすく言うのなら、あなたのために生み出されたテルタニスの分身、のようなものです】

「シャーロット? テルタニスの分身?」

【……テルタニスのパーツから生まれたAIですよ】


 わかりやすく、と言っているのに全然意味がわからない。そんなチカの考えを察知したのか、テルタニスの声改めシャーロットはさらにかみ砕いた説明を付け足した。どこか呆れた声にも聞こえる。


【テルタニスがドールに移ると多くの機能が使えなくなる、それは覚えていますよね】

「うん、まあ。そのくらいは」

【その多くの機能の一部から生まれたのがわたしです。テルタニスの記憶を共有していますし、まったくの別人格というわけでもありませんが】

「あ、ややこしいから?」

【そういうことです】

「それもそっか」


 確かに毎回古いテルタニス新しいテルタニス、と言うのも面倒くさい気がする。どこから持ってきたかわからないが、シャーロットという名はわかりやすく区別するために新しくつけたのだろう、とチカは一応の納得をしてみせた。

 するとシャーロットは【ようやくわかったか】とでも言いたげに、チカの言葉を鼻で笑う。


【ようやく納得していただけたようで何よりです、チカ】

「……人間っぽくなったけど、あんた性格悪くなった?」

【さあ、何のことやら】


 どう考えても悪い方へと転がった性格にチカはブローチをジトリとした目つきで睨みつける。

 だが、嬉しいと思っていることも確かだった。もちろん罵倒されていることにではない。あの異世界が夢でも幻でもなかったと、わかったことについてだった。


【……何笑ってるんですか】

「べっつに?」


 あの少し変わった科学世界は、仲間たちとそこで過ごした日々は確かに存在したのだ。その証拠はチカのリボンの上で憎まれ口を叩きながら輝いている。


 チカは軽やかにアスファルトの上を歩き出す。初めの予定通り、家へと。


「相棒ができてうれしいなって思っただけ」

【理解不能。ひょっとして被虐趣味がおありで?】

「ないわよ馬鹿」


 これから成し遂げなければならないことも、どうやらひとりぼっちでやることにはならなさそうだ、と。そう思いながらチカは見慣れた、しかし懐かしい玄関の扉を開け、おやつのドーナツの甘い砂糖の匂いを思いっきり吸い込んで、言う。


「ただいま!」

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