206、これが最初のチカビーム

 中学の頃の話である。まだチカが魔法少女になったばかりで、破壊の怪物ブレイフリークスなど片手で数えられるほどしか見たことがなかったとき。


 チカは仲間の魔法少女たちと共に怪物を廃墟へとと追い込んでいた。廃院になった個人診療所で不気味だから誰も近づかない穴場なのだと先輩から教えられたことを覚えている。取り壊しの途中で放置された建物の角がまるでプリンのように欠けていた。


 普段ならそこで魔法を振るって事は終わる。だが、そのときは勝手が違った。「誰かいるのか」と、鋭い声が上がり、懐中電灯の光が向けられたのだ。


 警察官だった。後でわかったことだが、近所の小中学生が肝試しで倒壊の危険がある廃墟行く計画を立てているという話を聞いたらしく、見回りに来ていたらしい。


 最新型の懐中電灯はくっきりと怪物の姿を闇夜に浮かび上がらせた。怪物化が進み、もはや人間にはとても見えない姿のそれにぎょろりと目を向けられるのは、まだ新米の警察官をパニックに陥らせるには十分な材料だったのだろうと思う。


 パァンと乾いた破裂音が夜の空気を震わせた。それが生まれて初めて聞いた発砲音だとチカが気づいたのは、警官が持っている物を見てからだった。


 上に向かってでたらめに発砲されたそれは誰にも、それこそ怪物にも当たることはなかったように思う。だが、思えばそれが不可思議な現象の引き金だったのだ。


「テルタニスのやつなら、用意してるよね」


 チカは頭の中で思い浮かべる。魔法少女でいた間、手始めにいつも使っていた魔法を。

 するとブローチの花弁がまた変形し、細長い物体を作り出した。それは瞬く間にチカの手に馴染む形状となり、使い慣れた重さを落してくる。

 真っ白なステッキだった。先端には球状で無色透明のクリスタルが花弁を模した台座におさまっている。


【攻撃準備、ターゲットをロックしますか?】

「いい。試してみたいだけだから」


 怪物がチカを見ていた。相変わらずうねうねと足にまとわりつきながら「何をするつもりだ」と視線が語っていた。

 チカはステッキを両手で固く握りしめる。反動で手から滑り落ちるなんてことがないように、しっかりと。


「いける?」

【当然です】


 即座に返って来た答えにチカはニヤリと笑う。やっぱり、用意していないわけがなかったのだ。


 警官の悲鳴と発砲音が響いたその直後、異変は起こった。

 破壊の怪物は発砲音に反応したように体を震わせるとチカたちが魔法を浴びせかけたときのようにしゅるしゅると縮み、元になった人間の姿へとのだ。


 その場にいる誰もが目を疑った。魔法以外で怪物が元に戻る瞬間など見たことがなかった魔法少女たちは顔を突き合わせ、「今誰か魔法使った?」と互いに話しかけては首を振っていた。


 当時はわからなかったが今考えれば不自然なことだらけだった。


 いつもはダラダラとやってくる情報、後処理係のスーツがやけにキビキビとしており、警察官はあっという間に連れていかれてしまって、チカたちには「遅れて魔法の効果が出たのだろう」と説明をされて終わりだった。疑問に感じる暇もなかったように思う。



「……? オイ、オ前、何ヲシテ、」

「ちょっとしたテストよ。私が考えていることが本当かどうかのね」


 今ならわかる。思う暇もなかったのではない。思う暇がないように誘導されていた、というのがきっと正しい。チカたちを騙したスーツにとってそれは「都合の悪い出来事」だったからだ。


 ステッキのクリスタル部分に光が収束する。それは目をあっという間に焼かんばかりの輝きとなり、怪物に悲鳴を上げさせた。

 懐かしい感覚に、チカは笑う。


「チィィ――――カァァ――――ッ!」

「ヤメロッ! オイ! ヤメロッテバ!」



 息を吸い込む。見てもいないのに、もう発射後のイメージはつかめていた。



「ビィィィィィィィィィ――――――――ムッ!」



 瞬間、ステッキから放たれる光。真っ白なそれは凄まじい速度で空へと発射され、暢気に流れていた雲に巨大な丸い穴を開ける。ビームというより、それはもはや天へとそびえ立つ光の柱であった。

 反動はまったくなかった。テルタニスはずいぶんと高性能な武器を用意してくれたらしい。


「ヒッ……⁉」


 ずるり、と怪物の拘束が緩んだのを感じて視線を下ろせば、ビームに恐怖したようにガタガタと震えている怪物の姿があり、チカは足元で今や小動物のように震えるそれに向けてなるべく凶悪な笑みを向ける。


「どう? 私、こういうの何発も出せるんだけど」

「ヒ、ヒ、ヒィィィィッ!?」

「まだ、やる?」


 そう言った途端、怪物は逃げ出した。チカの足を放り出し、手を空中へと突こうとして、そこで初めて電柱の上だということを思い出したのだろう。何もつかめなかった手が宙をかく。


「ァ、ァァァァッ――、うわぁぁぁぁ――――っ⁉」

「ほい、キャッチ」


 落下する、その寸前のところでチカは落ちかけたそれの首根っこをつかまえる。その姿はもう怪物でも何でもない。チカの手にぶら下がっているのはどう見ても三十代ほどの、気絶した、ただのサラリーマンであった。


「やっぱりね。怪物を戻すのに、んだ」


 それを見て、チカは確信を得る。仕組みは不明だが恐らくは「死への恐怖」、命を脅かされたと感じたとき、怪物は人へと戻るのだろうと。


「……どうりで私がいると早く元に戻ったわけね」


 サラリーマンを抱えたまま地面へと着地してから、元魔法少女のエースは思い当たる節に頭を掻く。ふわふわと飛んでくるハートや星に比べれば、チカのビームや拳はよほど命の危機を感じやすかったに違いない。

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