205、フォルムチェンジ、戦え、チカ!
「えっ、えっ、えっ? な、何⁉」
戸惑うチカを置いて、ブローチの花弁が伸び、身体を包んでいく。初めに手と足が、そしてあっという間に全身へと広がっていった。
「テルタニスのやつ、何仕込んだのよ⁉」
「ミユ、チャン? 何ダイ、ソレハ」
ブローチに弾かれた怪物がごろりと転がるようにして体勢を立て直す。その目は今や白く眩く輝くチカの身体へと向けられていた。
「オメカシ、カイ? ボクノタメニ?」
「はあ⁈ 違げーわ馬鹿!」
「嬉シイナア! ボクノタメニ!」
ニタァッと笑う怪物はチカの暴言などお構いなしだった。都合のいい解釈をしながらアスファルトに四つん這いになり、ゾンビも真っ青の走り方で距離を詰めてくる。
チカは焦った。未だにぐにょぐにょと変形を続けている白色に向かって叫ぶ。
「ああもう、まだなの⁉」
【チェンジ完了まで、あと五秒――】
しかしテルタニスの声は淡々と答えるばかり。しかしそうしている間にも怪物はカサカサべちょべちょと近づいてくる。
「もう、早くしてよ!」
【あと四、三――】
「ミユチャァァァァン! 愛シテルヨオオオオオ!」
そしてあと一歩のところで怪物が跳躍し、チカへ顔面から飛び込もうとした、そのとき。
【――チェンジ完了】
「ヘブッ!?」
咄嗟に顔を背けたチカの前で、飛び込んできた顔面が透明な壁のようなものに阻まれて潰れる。怪物が衝撃にうめき声を上げるのと、ブローチが「変身完了」の合図を出したのはちょうど同じタイミングだった。
チカは自身の身体を見下ろし、目を見開く。
「これ――」
それは衣装というよりも「アーマー」と呼称するべき外見をしていた。
腕を包む白い円錐型のガード。腿からつま先までをしっかりと防御する、がっちりとしたブーツ型の装甲。首から胴を鎧のように守る白色は、腰のあたりでスカートのように広がっていた。
そして最後に、耳にマイクのついていないインカムのようなものが引っ掛けられる。
【ターゲット確認。安全装置を解除、迎撃モードに移行します。説明は必要ですか?】
「――ううん、いい」
手を握ったり開いたりして自在に動くことを確かめながら、チカは即座に「武器」の意味を理解した。これがテルタニスの贈り物、異世界の彼らがくれた、新たな力なのだと。
耳に流れてくるテルタニスの声に、チカは不敵に笑う。
「こういうのは、使って覚えるッ!」
壁に阻まれ後ろに転がった怪物に向けて走り出す。すると踵からモーター音のような音が聞こえ始め、チカの足をさらに加速させた。魔法少女をしていた頃よりも更に早いスピードに、チカは恐れるどころか頬を紅潮させる。
「あはははっ! 早さヤッバ!」
距離などあってないようなものだった。ようやく起き上がった怪物とチカとの間は最早足一歩分ほどしかなく、怪物が目を丸くするのがまるでスローモーションのように見える。
チカは思いっきり腕を振りかぶる。
「ヒッ、ギッ!?」
アスファルトに穴が開いた。怪物は拳が振り下ろされる寸でのところで抜け出し、傍にあった電柱にしがみついている。
「……こりゃ加減してつかわなきゃだわ」
怪物化した人間は硬い。淀んだオーラ状の何かをまとって己の身を守り、魔法少女の攻撃以外では傷つかない、とされている。
だがそうはいってもだ。チカも鬼ではない。アスファルトを貫通するような拳を怪物化しているとはいえ生身の人間にぶつけるのは気が引けた。
チカはアスファルトに空いた拳大の穴に内心で謝りながら電柱から見下ろしてくる怪物へと目をやる。怪物は恐ろしいものを見るような目でチカとアスファルトに開いた穴を見比べ、口から泡を飛ばす勢いで叫んでいた。ようやく、チカがミユではないと理解したらしい。
「オ、オ前ッ、ミユチャンジャナイナ! ミユチャンヲドコニヤッタ!?」
「だから最初からそう言ってんで、しょっ!」
跳躍する。これをテルタニスが作ったのなら魔法少女のときにできたことのほとんどができるはずだ、という妙な確信があった。
そんな期待を裏切らず、ブーツ型装甲は唸るようなモーター音を響かせるとチカの足の力を倍増させ、一度のジャンプで簡単に電柱のてっぺんへとチカを連れて行った。
「おっ、やっぱり行ける」
「ヒィッ!? バ、化ケ物!」
「あんたに言われたくないわよ!」
チカよりもよっぽど化け物らしい姿をした男にそう言い返しつつ、チカは「軽めに軽めに」と頭で考えながら怪物を電柱から蹴り落そうとする。しかしそんなチカの思いやりなど気づかずに、怪物はまだ力加減が難しいチカの足へと絡みついた。
「オノレ、偽物メ! ミユチャンヲドコニヤッタ!?」
「そんなん知らないっての!」
「ボ、ボクノミユチャンヲ、許サナイ、許サナイゾ!」
「あー、もう! 話聞かないなこいつ!」
さて、どうするか。
チカは手加減をしつつ、ぐぐぐと怪物の顔を押しのけながら考える。
怪物化を解く方法はひとつ。魔法少女の魔法しかない。何度も魔法で攻撃することで淀んだエネルギーを消失させ、浄化するのだと説明された。魔法少女の正のエネルギーで怪物に溜まった負のエネルギーを相殺するのだと。
そう考えると、今のチカにある手段では男を戻すのは絶望的に思える。
だがしかし、とチカは考える。
今まで騙してきた者たちの言葉は本当に正確なものだろうか。
そこに間違いは何ひとつないのだろうか。
――本当に?
「……やってみる価値はある、か」
たった一度だけ起きた、ある不可思議な出来事。チカが一瞬だけ疑問を抱き、その後すぐに忙しさの中に忘れていってしまったそれを思い出しながら、チカは空へと手を向けた。
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