嘘だと思いたくても受け入れて

161、飲み込めないってこういうこと




「……はぁ」


 ごろりと天井を向いてため息を吐き、そしてまた顔を横に向ける。目に入ってくるのは変わらない天井と壁ばかりで、いくらチカが転がろうと何が変わるわけでもない。しかしそれがわかっていても、ベッドの上でチカはその動きが止められずにいた。少しでも動いていないと嫌な方へと思考が傾いていくのだ。


「何よ、死ぬって。いたずらなら早くいいなさいよ」


 そう呟き、その言葉を誰かが否定してくれるのを待つ。ドッキリ番組のようにプラカードを抱えたダグかネズミが部屋に入ってきて「ドッキリ大成功」とはしゃぐ、その光景が見たかった。

 嘘に決まっている。いたずらに決まっている。だからあいつらが入ってきたら、思いっきりひっぱたいてやろう。

 そんな言葉を繰り返し考えながら、チカは部屋の扉を見つめ続ける。


「……今言うなら怒らないから!」


 しかし、現実は誰が入ってくることもなく、聞こえるのはバタバタと走り回る遠い足音だけ。チカの声だけが部屋に反響し、それがより静けさを際立たせる。


「…………ねえ!」


 怒りに任せてベッドを叩いた。けれどやはり返事が返ってくることはない。あるのは舞い上がった埃だけで、チカが望んだ返事も、いたずらの謝罪も聞こえてこない。

 戻ってきた静寂に何も言えなくなり、少女は叫ぶのをやめて枕に顔を押し付ける。恐ろしいとき、不安なとき、こうしてうつ伏せになるのがチカの癖だった。何も見えなくて少し苦しくて、けれどそれが酷くチカを安堵させるのだ。


 埃臭い暗闇の中でゆっくりと息を吸い、吐く。荒くなっていた呼吸が少し落ち着くと頭が冷静さを取り戻したのか、ついさっきの出来事が浮かんできた。



 ※※※



「……ちょっとわかんなかったから、もう一回言ってくれる? 魔法を使うと私の体がなどうなるって?」

「理解できるまで何度でも言ってやるさ。あんた、このまま魔法を使い続けてると死ぬよ」

「だから、それが意味わかんないんだってば!」


 有無を言わさず戻された部屋で、チカはザクロに噛みつく。けれど憤るチカとは反対に、ザクロは冷静に言葉を繰り返した。


「ダグも似たようなこといってるし、本当になんなの⁈ みんな揃って、私をからかってるつもり?」


 部屋の中にダグの姿はない。ダグはチカを乱暴に部屋へと押し込むと、何の説明もなく外側から鍵をかけたのだ。質の悪い冗談はやめろとドアを叩くも再び鍵がまわることはなく、唯一聞こえたのは遠ざかっていく足音だけ。

 冗談とは思えないダグの行動にへたり込んで固まっていたとき、鍵を開けて入ってきたのがザクロだった。


 ダグのことを聞いて怒るどころか彼と同じことを繰り返すザクロに、チカが混乱したまま言葉をぶつけ、今に至る。


「ふざけてないで本当のことを言って! ……何で今さら、こんなことするの」


 そんな笑えない冗談を言って傷つけるほど、私のことが嫌いだったのか。親しくなったと思っていたのは自分だけだったのか。


 気が付けば目には涙が滲んでいて、チカは乱暴にそれをこすった。傷つけようとする相手に弱みなど見せるまいと固く口を引き結ぶチカだったが、一度浮かんだ嫌な考えはまとわりつき、いらない震えで唇を乱す。

 それが悔しくて、この状況に泣いてしまいそうになっている自分が嫌で、チカはせめて目はそらしてやるものかと黙ったままザクロを睨みつける。口を開けばみっともない震え声が飛び出してしまいそうだった。


「……落ち着きな、チカ。別にアタシらはあんたをからかおうってんじゃない。むしろその反対さ」

「……反対?」

「アタシらはあんたを助けたいんだ」


 だが覚悟していたにもかかわらず、ザクロから返って来たのは想像とは反対の言葉。

 聞きたいことも忘れてぽかんと口を開けるチカに、ザクロは変わらない声色で「まず座れ」とベッドに腰掛けるよう促した。


「ま、あの坊やも説明が足りなかったようだしね。混乱するのは当たり前か」

「……」

「坊やにあんたを連れ戻すよう言ったのはアタシさ。多少強引にでもってね。しかしここまで言葉足らずとは、一体誰に似たんだか」


 世間話でもしているかのようにザクロの声色はいつも通りで、けれどそれがかえって恐ろしい。からかっているわけでも嫌っているわけでもない声は、チカから「冗談」という逃げ道を奪っていく。

 嫌な冷たさが、背筋を流れていった。


「本当、なの?」

「……ああ、本当さ。魔法を使っていたら、あんたはその分だけ死を近づけることになる」

「な、なんでそんなことがザクロにわかって――」

「ボロに呼ばれる直前、アタシの検査を受けてたろ」


 そう言うとザクロがトントンと自身の胸の中心を叩き、チカを指さす。それに促されるまま彼女が同じところを触ると、指先に硬いシールのような感触が伝わってきた。


「検査のときに貼ったやつ、取り忘れてたろ」

「あ……」

「そいつがアタシに伝えたのさ。魔法を使ったあんたの、身体の悲鳴をね」


 心音、血圧、説明が難しくてわからなかったが、その他もろもろ。何やら精密なチップが入っているらしいシールは、それらを調べるために貼るのだとザクロから言われたことを思い出す。

 チカはテルタニスのことで頭がいっぱいで、シールを外し忘れていた。そのおかげで異常に気づけたのだと、ザクロは続けた。その手にはシールからの信号を受け取るための端末が握られている。


「あんたの戦いは中々騒がしいから、魔法を使ってるってのはすぐわかった。しかも派手な音が聞こえるタイミングで異常検知のブザーが鳴るもんだから……アタシだって信じたかないが、ここまで揃っちゃ誰だってわかるだろ」

「……っ」

「さて、これでわかってくれたかい。アタシらが本当のこと言ってるってさ」


 そんなことない、と言おうとしてチカは俯いていた顔を上げる。自分の身体に異常はないし、ずっと普通に戦えてきたのだ。それが死ぬほどの傷を身体に与えているなんて、とてもじゃないがすぐには飲み込めない。

 しかしザクロの表情を前に、言おうとしていた言葉は引っ込んでしまった。


 こちらを見た顔が笑っていたのなら、してやったりの顔であれば、チカは安心できるはずだった。容赦なく殴りかかりに行けた。怒鳴って、怒って、暴れて、二度とこんなことするなと言って、それで終わりにできた。


 けれど目の前の顔が嘘や冗談を言っているようには見えない。オレンジを映す炎のような赤い目は視線をそらすことなく、真剣な顔でチカと向き合っている。


 その表情を見て、チカは確信した。冗談などでなく、彼らは本当のことを言っているのだと。本当のことだから、ダグは無理やりチカを止め、ザクロはこうして自分と向き合っているのだと。


「うそじゃ、ない……」


 立ち上がりかけていた足から力が抜け、へなへなとチカの身体がベッドへと戻る。少し前とは違う理由で、その声は震えていた。

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