160、そんなの聞いてない
「へっ⁈ ちょっ、何――」
飛んできた言葉にチカの注意が逸れ、ステッキの光が落ちていく。
その声が見知らぬ相手であったなら、ステッキを向けられた男たちの命乞いであったなら、彼女は迷わず魔法を放っただろう。しかし、それは間違いなくつい先ほどまで聞いていたもので。
どうして止めるのだ、とチカが戸惑った一瞬。驚きに迂闊にも敵対者から目を離してしまったその瞬間を、男たちは見逃さない。テルタニスに統率された機械化人間たちは隙をつき、獣と同等の脚力で魔法少女へと飛びかかる。
「っ、やば」
「――――ご主人様から離れロッ!」
だが魔法少女が身構えたそのとき、計算された完璧な跳躍は空中であっけなく撃墜された。
チカの背後から何かが放たれたかと思うと、バギァャンという破壊音と共に機械化人間の身体が煙を上げ、ガラクタとなった部品をまき散らしながら地面へ落下していく。
突然のことにチカが驚いて振り返れば、そこには見覚えのある青髪がドヤ顔で片手を構えていた。
「ご主人様! ここはオレに任せてくレっ!」
「え、は……ギル⁈ てか何よその腕!」
「ご主人様を守るためニ新しい力を手に入れタ!」
なくなっていたはずの左腕に見えるのは、無骨なミサイルの発射装置。どこかで見た覚えのあるそれと、それを腕として使うギルの顔を見比べ、チカは呆然とした声を上げる。だが当のギルはといえば、変わりすぎた自身の左腕のことなど気にもしていないようだった。
それどころか自信に満ちた顔で、ギルはチカの背後に残る機械化人間たちへと腕を構える。
「ここはオレに任せてくレ! ご主人様の完全完璧な
「あ、どっかで見たことあると思ったら、それザクロが使ってたやつ――」
けれどチカが言おうとした言葉は続けざまに発射されたミサイルの爆音によって掻き消された。撃ち出されたそれはまたも見事に機械化部分だけを破壊し、機械化人間たちを動けない置物へと変えていく。
その軌道に確信を得たチカは叫んだ。
「やっぱ熱源なんちゃら自動追尾ミサイルじゃん! 何てもん腕につけてんのよ⁉」
「ザクロがつけてくれタ。機械化された人間への対抗は必要だガ、ご主人様は無意味な犠牲を好まないだろうト」
「だからって腕にミサイルつけるやつがあるか!」
片腕をミサイルへと変えたギルの姿に思わず状況も忘れてツッコミを入れるチカ。しかし、それを受けても彼の表情はどこか誇らしげであった。
「おかげでオレはより完璧な姿に近づけタ! ご主人様を守るために、素晴らしいオレから、より素晴らしいオレに!」
「……何かちょっと見ない間にずいぶんと自己肯定感が高くなってない?」
「当然ダ! 俺はご主人様が言った通りの、最高の機械人形だからナ!」
「言ってない言ってない」
ギルはどうやらジュリアス撃破後の会話を少々、いやかなり誇張して受け取ったらしい。久々にチカの前に現れたドールは自信満々の様子で、チカは「そういえばこういう奴だった」と頭を抱えた。感情機構が強すぎて、下手をすれば人間よりも感情豊かといえるのがギルというドールなのだ。
チカはどうすればこの男の勘違いを訂正できるかと一瞬悩んだが、それもギルの輝かしい笑顔を前にすぐやめた。誇張しすぎとはいえ、伝えたかった意味は間違っていない。それに、あの言葉が思わず誇張して捉えるほど
妙な明るさも、うじうじと過去に縛られていたときに比べればずいぶんとマシだった。
「……ま、いいか。助けてくれてありがとうね、ギル」
「この程度、完璧なオレには簡単な仕事ダ! だからご主人様はあの野郎の言う通り、安心して下がっていてくレ!」
「あの野郎?」
意気揚々とミサイルを放っていくギルにまさか、と問いかけるチカ。だがその答えはチカが考えるよりも早く、向こうからやってきた。
体力がないくせに急いだのか、その肩は荒く上下している。
「……後はそいつに任せて、早くこっちにこい」
「ちょっとダグ! 急に『止まれ』とか言うからびっくりしたじゃん!」
やっぱり止めたのはお前か、と後ろから近付いてきた声にチカは苛立ちを露わにする。変なタイミングで声をかけられたせいで、危うく怪我をするところだったのだ。
しかしダグはチカからの言葉には答えることなく、チカの腕を握る。それは少し痛みを感じるほどの強さで、チカの手首を締め付けた。
「いいからこい。おいポンコツ、そこのガキどもは任せた。事が収まったら中に連れてこい」
「……今だけダ、クソ野郎。早くご主人様を連れていケ」
「は? ギルまで何言って……っちょっと⁈」
言葉も短く、強引に腕を引き始めるダグに、それを止めないギル。ふたりの様子は明らかにおかしく、チカは戸惑いの眼差しを向ける。けれどその視線を前にしても、ダグとギルがその行動の意図を語ることはなかった。
「ね、ねえ何で止めたの?」
「……」
「言う通りって、ギルに助けるように言ったのもダグ? いつのまにそんな仲良くなったわけ?」
半ば引きずられるような形で巣の長い通路を歩く。道中、命じられるままに変身を解いたチカは、困惑混じりに前を行く背に話しかけるが答えは沈黙ばかりだ。それでもチカは沈黙の気まずさを誤魔化すように口を動かし続ける。
「助かったけど、なんで置いてきちゃったわけ? 確かに人数は多かったけどふたりでやればあんなの楽勝だよ」
「……」
「そ、それに作戦前の大事なときじゃない? ギルも万全な状態でいられるように」
「作戦変更だ」
「へ?」
「あんたが塔に行くのは禁止だ。ザクロを代わりに行かせる」
「――――は?」
けれどその沈黙は、彼女が思ってもいない答えで破られた。
突然のことに唖然とするチカを待たずに、ダグは口早に言葉を続けていく。まるで彼女の返事など聞く気がないとでもいうように。
「ケリをつける間、あんたには大人しくしてもらう」
「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってよ。いきなり何言ってんの?」
「黙って聞け。とにかく絶対安静だ。さっさと戻って、早く身体のチェックを――」
作戦の変更に、意図のわからない禁止事項、それに脈絡のない身体のチェック。
浴びせかけられるわからないことの洪水に、チカは慌てて引かれるがままだった足を止めると、ダグの足も止まる。だが、その手はらしくない強さで握られたままだった。
「だからっ! 言ってる意味わかんないってば!」
やっと立ち止まったダグへ、チカは戸惑いを隠さずに疑問をぶつける。ついさっきまで作戦に意気込んでいたはずなのに、一体何があったというのか。ダグのあまりの変わりように、魔法少女の声が微かに震えた。
「一体なんなの。ちゃんと説明して! ……ダグ、あんたなんかおかしいよ」
「……ああ、そうだな。あんたはちゃんと言わなきゃわかんなかったか」
初めてチカの言葉に答えたダグが彼女の方を振り返り、改めて直視したその表情に、チカはビクリと身を竦ませる。
そこにあったのは紛れもなく強く、そして深い、怒りだった。
「なら、わかりやすく教えてやるよ」
怒りの向け先は自分か、はたまたそれ以外か。口を挟むことすらためらう、もはや憎悪ともいえるほどの表情で、しかし出来の悪い生徒に教える教師のような穏やかな声色で、ダグは黙っていた事実をチカへと突き付ける。
「魔法を使い続けりゃあんたは死ぬ。確実にな」
「――――」
「……だから、もう使うな」
ほんの数秒の言葉。しかし真剣な眼差しから放たれたそれは、どんな爆弾よりも簡単にチカの足元を揺らがせた。
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