159、颯爽登場、魔法少女



 ※※※



「う、わぁぁぁっ⁈」

「どうして、なんで、何でお前らがこんなところにっ……!」


 怯え切った兄弟を壁際に追い詰めながら、機械化の目立つ男たちは腕を伸ばす。その声は人間のものであるものの、人らしい温度と抑揚は皆無だった。


「反抗者を発見した。拘束を開始する」


 体を覆う肌の半分以上が鋼鉄で、片側の目にはレンズ、両肩からは機械化され、人間であれば出せない力を持つ腕が生えていた。足も同様に。唯一の人間らしい眼球は、ぼんやりと虚空を眺めている。

 最早人間と言っていいのか機械と区別するべきか迷う風貌の男は、手首に格納されていたライトグリーンの拘束具を取り出しながら、じりじりと肌色の人間たちをへ迫っていく。

 鼻水と涙で顔をぐちゃぐちゃにした弟が、諦めの混じった声を上げた。


「に、にいちゃん、ごめ、ぼく、ぼくが走るの、おそい、から」

「っ、お前のせいじゃない。今は逃げることだけ考えろ!」

「……もう、もういいよ、にいちゃん。置いて行ってよ。にいちゃんの足ならきっと」

「馬鹿なこと言うな! 絶対に、絶対にふたりで助かるんだ!」


 自ら離れようとする弟の手を、兄はしっかりと握りしめる。兄弟としての血のつながりはないふたりではあったが、共に生きてきた兄弟同然の相手を見捨てることなど選択になかった。


「……っ、こっちくんな! このっテルタニスの奴隷め!」

「に、にいちゃん! 駄目だよそんなことしたらっ!」


 伸びてくる腕から弟を守ろうと、幼い兄が先頭に立った男に向って石を投げつける。それはカツンと物悲しい音をたてて跳ね返り、地面に転がった。しかし一見して無力なそれを受けて、男は動きを止める。

 兄はその隙に弟の腕を引いた。この集団から逃げ出そうと、ずっと先に逃げ出した男が入った地下へと視線を向ける。


「早くっ、今のうちに逃げ――」

「――抵抗を確認。人間への安全装置セーフティを解除」


 しかし、それは無機質な声に遮られた。しかも安全装置の解除という、ただの人間である兄弟にとっては処刑宣告に等しい言葉で。


「あ、あ、あ……っ!」

「やだ、やだ、やめて……やめてよぅ……!」


 一瞬にしてレンズの色を緑から赤へと変えた彼らを前に、弟はへたり込み、兄は恐怖に足を震わせる。けれど死への恐怖に怯えるふたりに、男たちが止まることはない。テルタニスに作られ、大人として生まれた彼らには「守るべき子供」という概念がそもそも存在していなかった。

 男たちの目の前にいるのはテルタニスの慈悲を拒み、抵抗する未熟な生命体。無力な存在に力を振るうことへの罪悪感は、良心の痛みは、テルタニスへの忠誠に上書きされた。


「目的変更。反抗者のを開始する」


 必死に身を守ろうと両腕で頭を庇った兄弟に対し、止めるもののなくなった男が腕を振り上げる。機械的な動きの鋭さに風が唸り、その速度を保ったまま無骨な腕は容赦なくふたりへと襲い掛かった。


 確実に訪れる死の気配。それを見ていられるほどの勇気はなく、兄弟は固く目を瞑る。


「…………あ、れ?」


 けれど、怯えていたその衝撃はいつまでたっても訪れることがなく、不思議に思った二人は恐る恐る目を開けた。

 途端、兄弟の目に飛び込んでくるのは鮮やかな色。


「――デカブツが、揃いも揃って子供に何してんの……!」


 聞こえてきた声に兄弟が驚いて顔を上げると、そこにはついさっきまでいなかったはずの少女が、男の腕を掴み上げている。目に染みるほど鮮やかなオレンジの髪に、兄弟は揃って目を瞬かせた。


「捕獲対象確認。拘束、拘束、拘束、を――」

「拘束拘束うっさい!」


 標的を変えた、男たちの腕が少女へと伸びる。けれど弟が「危ない」と叫ぶより早く、ふたりの前に現れた少女は動いていた。


 掴んだ男の腕を振り回し、別の男へぶつけたかと思えば、横から伸びてきた別の腕に向って鋭い蹴りをくらわせる。突進してきた身体を身を低くして躱し、無防備な腹がへこむほどのきつい拳を撃ち込む。少女の動きを止めようと飛びついてきた男には、容赦のないステッキの殴打が待っていた。


 ふわりふわりと優雅に揺れる白いフリルを前に、ガキャンガキャンと機械がひしゃげる音が飛び交う様子は実に異様で、兄弟は息をするのも忘れてその光景に魅入る。恐怖の対象を圧倒的な力で容易く捻っていく少女の姿は恐ろしくもあったが、それ以上に頼もしい。


「にいちゃ、ぼく、ぼくら、たすかった、の……?」

「っ、あっ、そうか……おれたち、助かったんだ……」


 互いの手を固く握りあう兄弟の目からは涙が零れていた。それは死への恐怖や怯えからくるものではなく、安堵の涙。絶望の中、突如として差し込んできた希望の光への喜びであった。



 ※※※



「ああもうっ、次から次へと鬱陶しい!」


 子供が襲われているのを見て咄嗟に飛び込んでしまったが、それよりも先に数を減らすべきだった、とチカは舌打ちする。今は一見こちらが優勢のように思えるが、この人数では長引けば長引くほど不利になってしまう。何しろチカは一人、相手は多数だ。しかもチカの背後には守る対象があり、機械化人間たちは隙あらばそちらにも手を伸ばしてくる。


 この人数相手にダラダラと引き延ばすのは危険と判断し、チカは一気に決着をつけようとステッキを構える。彼女の視線の先には機械化された足。破壊すれば行動に大きな支障が出るであろうそこに、照準を合わせる。


「ちょっと止まっててもらうわよ! チカ――」

「――――止まれッ、チカっ!」


 しかし、チカが「ビーム」の「ビ」を言いかけたそのとき、何故か背後から静止の声が飛んだ。

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