158、覚悟を決めた、その矢先

「……わかった。ボロさん、俺は何をすればいい」


 ボロの声に静まり返った中、静寂を破ったのはダグだった。巣の長の言葉に驚いていた青年の顔は、この時を待っていたと言いたげにギラついている。獲物を定めた獣のような眼差しだった。


「彼女のサポートを頼みたい。楽園の塔のシステムに侵入できるのはおまえぐらいだからな」

「なるほど、こいつがのびのび暴れられるようすりゃいいってことか」

「作戦の要はチカ、君だ。最後まで異世界から来た君に頼りきりで申し訳ないが……」

「そういうのいいから。で、何をすればいいわけ?」

「……決まってる」


 準備運動のようにぽきぽきと指の関節を伸ばしているダグからチカへと視線を移し、いつになく強い口調でボロが言う。布に阻まれてその表情を見ることはできないが、かろうじて奥に見える目は、ダグのものと同じ光り方をしていた。


「テルタニスの破壊だ。この支配に、自分たちが終止符を打つ」


 覚悟の決まった声。それにチカは力強く頷く。ボロの提案を否定する選択は、チカの中に存在しなかった。

 けれど行動を起こす前にやることがある、とボロは話を続ける。


「巣の仲間たちの中にはテルタニスへの根強い恐怖を持っている者も多い。だからまずは彼らを安全な場所に避難させたい。戦う気のない者に無理を強いるわけにはいかないからな」

「安全な場所って……あ、国外とか?」


 国の中が危険ならば国の外に避難すればいいのではないか、とチカは思いついた考えを口にする。だが、彼女の言葉にダグは難しい顔で首を振った。


「いや、この人数で国境越えは危険だ。それに、あの野郎が先手を打ってないはずがねぇ」

「そりゃそうだ。テルタニスだって自分を狙う獲物を逃したくないだろうさ」


 ダグの言葉に賛同するように、ザクロが手を振った。機械部品が擦れあい、ガチャガチャと音を立てる。


「アタシがあいつなら、そうさね。……工場で見かけた防衛ロボ、あいつらにでも見張らせるね。不安の種が国外にまで逃げ出したら面倒だ」

「でも、この国の中に安全な場所なんてあるわけ?」

「完全にとは言えないが、一応はな」


 首を傾げるチカに、ボロは視線を下へと向けながら答えた。


「ここよりも奥の遺物に、仲間を避難させる。多少見つかりづらくなる程度だろうが、それでも何もしないよりマシだろう」

「遺物?」

「都市に出るとき通ったとこあるだろ。ああいうのだよ」

「ああ、あのショッピングモールみたいなとこ。え、あれって他にも沢山あるの?」

「ゴロゴロあるぜ。ま、テルタニスが都市で蓋しちまったせいで地上の人間は知らねえみたいだけどな」


 そういえば、とチカはジュリアスとの戦いを思い出す。あの時も殴ったにしては、かなり深い穴が開いていた。


「……ひょっとしてこの国の地盤ボロボロじゃない? 大丈夫?」

「知らね。テルタニスに言えテルタニスに」


 もしかしたらピカピカで新しそうに見えるこの国の内面は、実はスカスカでボロボロなのかもしれない。そう考えると途端に不安になってきて、チカは思わず自分の足元を見つめる。今後は、軽率に地面を殴るべきではないのかもしれない。


「とにかく、まずは住民の避難からだ」


 話が脱線気味の二人にボロが咳ばらいをし、話を戻す。ボロが言うにはその遺物はこの巣よりもかなり奥まったところに存在しているらしい。そこに続くまでの道は巣の内部とは比べ物にならないほど入り組んでいるらしく、地下に住んでいる者でなければ簡単にはたどり着けないだろうとのことだった。


「先導はネズミに頼もう。事が収まるまで、あいつには住民に付き添ってもらう」

「ゲっ、あいつに頼むんですか? 余計なことしなきゃいいけど」

「大丈夫だ。ネズミには人をまとめるだけの力がある。あいつは自分を立ててくれるが、慕われるリーダーとしてならあいつの方が優秀だろう」


 確かにネズミはこの巣の中ではかなり大きなグループを率いていたし、住民をまとめるという点では適任なのかもしれない。そう考えながらチカは来たばかりのころを思い返す。あまり時間はたっていないはずなのに、初めてこの巣に来たころが妙に懐かしく感じた。


「巣から住民を避難させている間にこちらも準備を整える。今のうちに配置を決めておこう」

「了解。とりあえず私は塔に突っ込むの確定でしょ?」

「ああ。塔に向ってもらうのはチカと、それからサポートにダグとシャノン」

「戦えんのは……あとあのポンコツ野郎ぐらいか?」

「ギルね。これで四人」

「そうだな。それから――」


 だが、ボロの話はそこで途切れた。部屋の扉が荒々しく開き、彼の言葉を遮ったのだ。

 チカは既視感を覚えながら、扉の方へと目を向ける。


「――っ、ぼ、ボロっ、さんっ!」

「……ネズミ? どうした」


 飛び込んできたのはネズミだった。ついさっき見たパルと同じように肩で息をし、汗だくだというのに、その顔は青さを通り越して白い。

 焦っているのか、ネズミはゼエゼエと呼吸が収まるのも待たずに口を動かす。


「都市、の、襲われ、て」

「襲われた? おい、何があったんだ!」

「っ都市に隠れてた奴らが、巣の入り口で!」

「なんだと⁈」

「あいつら掃討って言葉にビビッて、それで、僕らを頼って、ここ、探し当てて、それで、そしたら、あいつらの後ろに――っ!」


 途中から悲鳴のようになったネズミの報告を最後まで聞くことなく、チカはネズミの横をすり抜けるようにして部屋を飛び出す。手には既にステッキがあり、手の甲に血管が浮き出るほどに強く握り込まれていた。

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