157、判明した作戦と、変化
「ノックぐらいしなよ騒々しい。女が着替えてるかもしれないんだよ」
「すっ、すみません! で、で、でも緊急事態なんです!」
「何があったの?」
ノックも返事も待たずに飛び込んできた青年にザクロは眉間に皺を寄せる。しかし不機嫌そうなザクロを前にしながらも、パルは言葉を続けることをやめない。普段であればちょっと睨まれただけで縮み上がって何も言えなくなってしまう小心者のパルがである。どうやら単に急いで入ってきたわけではないらしい。
ただ事ではない様子のパルにチカが訪ねると、早まる呼吸を抑えながら彼はとんでもないことを言い始めた。
「てっ、テルタニスがっ! 俺たちの掃討作戦を開始するって……!」
「は? 掃、討?」
「反抗者はもうこの国にはいらないからって、め、命令をだしてるんですっ!」
掃討作戦。その文字からテルタニスが何をするつもりなのかは聞かなくても理解できる。パルの言う通り、正真正銘の緊急事態だ。
「だっ、だから、ボロさんが呼んでこいって……! 相談したいからって」
「っ、それを早く言ってよ!」
その言葉にチカはパルを押しのけるようにして部屋を飛び出した。その間に彼女の頭の中を巡るのは「掃討」の文字。どうやらあのAIは従わない者を「いらないもの」と判断したらしい。
思い出すのはゴミ捨て場で、ギルと初めて出会った頃の一件。やりすぎた行動ではあったが、自身のために働いた人間と変わらない感情を持つドールを、簡単に地面へ叩きつけようとしたテルタニス。
恐らくあの時と同じように「いらない」自分たちを排除しようとしているのだろう。想像してしまったAIの思考回路にうすら寒いものを覚えつつ、チカは教えてもらった部屋へと急いだ。
「話は聞いてるな」
「パルが、テルタニスが掃討作戦をするって」
「……ああ、クソAIが大々的にふれまわってやがる」
部屋にはすでにチカとザクロ以外の面子が顔を揃っていた。ボロからの質問にチカが知っていることを返せば、ダグが苛立ちを隠せない様子で足元の廃材を蹴り上げた。パイプが床を転がり、ガランガランと音を立てる。
「本格始動は一週間後らしいが、気の早い連中はもう動いてやがる。テルタニスの忠実な部下どもがな」
「ストレス値の上昇を確認。ダグ、落ち着いて深呼吸を」
「弱者狩りは始まってんだよ! 現に、地下に隠れてない連中は見つかり始めてる」
シャノンが窘めるようにダグの肩をさするが、その怒りが収まることはない。それでも落ち着かなければとは思っているのだろう。顔を抑えながら、彼は「クソったれが」と吐き捨てるように零す。
弱者狩り。その言葉にチカは恐る恐る口を開いた。
「……見つかったら、どうなるの?」
「捕まって、連れていかれるらしい。詳しいことはわかってないが、やるとしたら強制的な機械化による再教育か、最悪は――」
しかし、質問の答えは扉が開く音によって遮られた。チカが音に振り返ると、少し遅れてはいってきたザクロの赤い瞳と目が合う。
ザクロは途中で口を閉ざしたダグに、目を向けながら言った。
「いいよ、坊や。アタシに遠慮せずに続けな」
「……そこまでデリカシー捨ててねぇよ。ボロさんからあんたがしてきたことの話は聞いてる。地上の連中にあんたの顔見知りだっているんだろ」
「聞いて怒り狂うほどアタシだってガキじゃない。それに、あんたが言おうとしている『最悪』も大体想像がついてるよ」
返事をするザクロの声は、苛立ちに尖っていたダグの声とは違い、静かなものだった。普段と比べると少し静かすぎて、恐ろしくなるほどに。
「アタシの前じゃどうしても言いにくいってんなら、アタシが代わりに言ってやろうか」
「……いや、どう考えても言わせる方が駄目だろ。俺が言う」
「おや、これはお優しい坊ちゃんだね」
「からかうなよ、ったく……余計な気ぃ使っちまった」
気遣いは不要だと言いたげな軽い口調のザクロにダグはため息をつくと、途中で止めた答えの続きを話し始めた。
「捕まったら、最悪待ってんのは処分だ」
「……処分? 処分って、どういう意味?」
「言葉まんまだの意味だ。そもそも抵抗するような出来損ないは、いらねぇってことだろうよ」
「いらないって……それだけで? 思い通りにならないからって?」
「あいつにとっちゃ最重要項目なんだろ。この国をより豊かにしていくためにな」
その言葉にチカはゾッと背筋が冷えるのがわかった。思い通りにならないからいらない、というやり方は、どう考えても命の扱い方ではない。まるでゴミの分別だ。わかっていないとダグは言うが、それでも「やりかねない」と思えてしまうのが恐ろしいところだった。
もしかしてテルタニスにとってダグたち人間は、いくらでも作り出せる、替えの効く「物」なのではないか。チカの脳裏にそんな考えがよぎり、チカは入ってきた扉へと身体を向ける。だが、その足が部屋から出るよりも先に後ろから声が飛んだ。
「落ち着けよ。これは憶測だ」
「でも本当かもしれないでしょ」
「だからって何も考えずに出てってどうにかなるのかよ」
「――でも!」
頭ではダグの方が正しいのだとわかっていた。けれど、チカはそんな可能性を聞いてジッとしていられるような大人しい少女ではないのだ。
冷静になれというダグの声に、これが冷静でいられるかと反発するチカ。だが言い合いがヒートアップしかけたその時、今にも部屋から飛び出しそうなチカの肩に、ザクロの腕が回った。
「まぁ落ち着きなって。こればっかりは坊やの言う通りさ」
「っでも、ザクロ」
「……はらわた煮えくりかえってんのはアタシも一緒。けどね、冷静に動かなきゃあいつの思うツボさ」
反論しようとしたチカだったが、目に入ってきたギリギリと音が鳴るほどに強く握り込まれたザクロの手に思わず口を閉ざす。戻ってきた冷静さが、チカの心を責め立てた。
飄々とした口調ではあったが、気にしていないわけがなかったのだ。怒り狂いたいのは自分でなく、ザクロの方であっただろうに。
「……ごめん」
「いいよ。それだけ心配してくれたってことだろ? それに、あんたが怒ってくれたおかげでアタシもだいぶ冷静になれた」
落ち着いたチカにザクロはそう言って笑いかけた後、顔を奥へと向けながら「それからね」と続ける。チカが赤い視線の先を辿ってみれば、そこにはもはや見慣れたボロ布の塊のような人物がいた。
「一人で突っ走るより、一緒にぶちかました方が深い傷をつけられるってもんだ。なぁ、ボロ」
「……え、でも」
ニヤリと頼もしく笑ったザクロとボロの顔を見比べながら、チカは戸惑った声を上げる。ザクロはまだわかるが、ボロがそれを許すはずがないと思っていたからだった。
巣の仲間を守るために、慎重に動いてきた長。それが仲間を国の外へ逃がすだとか、避難するだとかであれば協力は惜しまないだろう。だが、守りに入りがちなボロがチカの突っ走りに手を貸してくれるとは考えにくい。
けれど、チカの耳に入ってきたのは想像とは違った返答だった。
「チカ、君の行動は推奨できない。あまりに危険すぎる」
「……」
「だが、今までのようにこのまま何もせずにいても事態は悪化するだけだ。いずれテルタニスは巣へと攻め込み、我々も掃討されてしまう」
だから、とボロは続けた。その目には、これまでに見たことのない力強い輝きが宿っている。
「共に戦おう、チカ。もう怖がって閉じこもってばかりの時間は終わりだ」
「え、あ……ボロ、なんで?」
「……動けば道は開けると、君が教えてくれたからな」
驚きを隠せないチカに柔らかな声色でそう告げた後、ボロは凛とした声を上げた。思わず背筋を正してしまうようなはっきりとした声が、部屋をビリビリと震わせる。
「攻撃に転じるぞ。こちらを甘く見ている奴に、目にもの見せてやろう」
その声に首を横に振る者は、誰ひとりとしていなかった。
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