第五章 魔法少女と楽園の塔
休む間もなく次から次へ
156、魔法少女、検査される
「いやあまさか約束通り見せてくれるなんてね。言ってみるもんだ」
「……そういう話だったでしょ。で、本当に痛くしない? ぶっとい注射で干からびるまで血ぃ吸ったりとか、電気ショックで反応を見るとか、そういうの」
「するわけないだろ。ほとんどただの健康診断みたいなもんさ。ちっと採血はさせてもらうが、体調に影響が出るまで取りゃしないよ」
「その血でこっそりモンスターを培養したりとかは」
「……あんたが医者に酷い偏見を持ってるのはよーく分かった」
苦笑いするザクロの顔を見ながら、チカは言われた通りに台の上へと横たわった。閉め切られた部屋に冷たい消毒液の匂いが漂う中、枕の横にある注射針の輝きに目を細めながら、魔法少女は身を固くする。
ごたごたがひと段落ついた後、「約束を覚えているか」と切り出したのはザクロの方であった。
「そう固くなりなさんな。検査なんて天井のシミ数えてりゃすぐ終わるよ」
「あいにく、この世界に来てから白衣の人間にロクな目に遭わされてないもんで」
「そりゃ可哀そうに」
軽く流しながら返答するザクロに「その白衣にはお前も含まれてるんだぞ」と言いかけて、やめる。少なくとも彼女は楽園の塔で見た機械化白衣よりはマシであった。話のまったく通じなかった連中とは違い、ザクロとはコミュニケーションが取れる。
器具の準備でも始めたのか背を向けたザクロがカチャカチャと手を動かす音を聞きながら、チカは言われた通りに天井を見つめた。テルタニス避けにべたべたと張られた金属の板を眺めながらチカは口を開く。
「何するの」
「んー? とりあえず採血だろ。それからサンプル用の体組織の接種と、あと基礎的な身体の検査、それから―――」
「最終的には解剖、とか言わないでよ」
「しないよ。したとして最終手段だ」
「……そんなに魔法に興味があるわけ?」
「あるね。何せ未知の力だ」
見たことある医療器具からどこに使うのか想像もつかない道具を抱えた状態で、ザクロはきっぱりと言い切った。
「魔法の構造、エネルギーの源、あんたのこの小っこい身体の中で何がどうなってあんな現象が起きるのか。興味を持つなっていう方が無理な話だよ」
「そういうもん?」
「そういうもんだよ。研究職ってのは特にね。それに――」
ザクロが消毒液を縫ったのだろう。スーッと腕を濡れた感触が走る。鼻を掠める匂いに身構えてしまい、手に力がこもった。
「テルタニスの野郎が言ってたことも気になるしね」
「何か言ってたっけ」
「言ってただろ。あんたの魔法を解析したとか」
そう言えばそんなことも言っていたような。
針が肌に刺さる感触に眉間に皺を寄せつつ、チカはテルタニスの言葉を思い返していた。完成度がどうこうと、随分趣味が悪い質問もされた気もする。
「あんな悪趣味光線と一緒にしないでほしいんだけど」
「ま、あんたからしてみればいい気分はしないだろうね。だが本当にあいつの言う通りなら、『魔法』とやらは解析すれば再現も無理じゃないってわけだ」
赤い液を溜めた注射針を持ち上げながら、ザクロは笑みを浮かべる。天井からの光で落ちた影により、それは酷く悪い笑顔に見えた。
例えるのなら、実験材料を目の前にしたマッドサイエンティスト。
「この際だ。思う存分調べ上げてあのクソAIを出し抜いてやろうじゃないか」
※※※
「本当に普通の検査だった……」
「だからそう言ってんだろ」
「だってすっごい極悪な顔してんだもん」
あまりに悪い笑みに「こいつに任せて本当に大丈夫か」という考えがよぎったものの、不安とは裏腹に検査はつつがなく進んだ。最後に魔法を使った時の体の反応が見たいというザクロに控えめビームを撃ってみせてからチカは肩を竦める。あれは誰がどう見たって実験動物に向ける眼差しだった。
「で、これで終わり?」
「ああ、お疲れさん。おかげであのクソ野郎をぎゃふんと言わせられそうだ」
データを書き込むザクロの言葉に、チカはぎゃふんと言ってひっくり返るテルタニスを想像する。しかしあの機械音声が驚くさまも、ひっくり返る様子も上手く思い浮かべることは出来なかった。ただ頭の中を白玉がゴロゴロと転がっていく。
「何かわかった?」
「それが分かるのはこれからさ。色々調べてみないことにはね」
これから魔法の色々を調査するのだろう。採取した血液やらなんやらを専用の容器に保存しながら、ザクロは言葉を続ける。
「ああけど、一個気になることがある」
「何よ?」
「さっき魔法を使ってもらったろ。そん時、僅かだが脈拍に乱れがあった」
「脈拍?」
言われた内容に首を傾げ、チカはついさっきビームを撃ったばかりの手を見下ろす。だがそこに変化はない。震えも冷えもなく、ただいつもの自身の手があるばかりだ。
「……別に違和感なかったけど」
「僅かって言ったろ。はっきり自覚するレベルじゃないんだよ」
「何か問題でもある?」
「いや、本当に乱れは僅かだし、アタシの気にしすぎかもしれないがね。まあこれも含めて調べてみるさ」
そう言ってひらひらと手を振るザクロの口調からは深刻さは感じられない。本当に少し気になる、その程度の話なのだろう。チカは無意識に胸の上に置いていた手を降ろし、腕をさする。病室にも似た雰囲気に体が冷えたらしい。
「じゃ、これで検査は終了だ。後はアタシがやっておくから、あんたは部屋にでも」
「ざっ、ざっ、ザクロさん! チカさん!」
しかし彼女がザクロに返事をする直前、会話を遮るようにしてパルがどたばたと部屋に飛び込んできた。
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