155、気づいた心配、できない約束
魔法少女は首をひねる。周りの者も同様に。しかし首をひねったところでテルタニスの思惑が分かるわけもない。人間他人の考えていることが手に取るようにわかったら戦争は恐らく無くなっている。
しかも相手は人間でなく異世界産AIだ。どれだけ内心を考えようと何の思惑があるのか、なんて分かる気がしない。
「登場人物の気持ちになって答えなさい」というテストの問題文を思い出しながらチカは口を開く。
「うーん、急に捕まえるのが惜しくなった、とか?」
「あんた真面目に考えろよ」
「十分真面目だって。ほら、戦ってるうちに私をエネルギーにしたいと思わなくなったとか。それか急に改心してこっちと仲良くしたいと思ったとかさ」
「……仲良くしたい奴が『終わりだ』なんて言うか?」
「それはほら、あれよ。このぎくしゃくしてる時間が終わりだ、的な?」
その答えへの反応はさまざまであったが、何を言おうとしているかは大体同じだった。
「ガキの話してるんじゃねぇんだぞ」
「あんたにまともな返事を期待した俺が馬鹿だった」
「チカ。テルタニスがそういった思考を持っている可能性は極めて低いかと」
「……確かに、奴は人間ではないからな」
要するに「それはない」ということだ。
なんだ、せっかく頭からひねり出したというのにその言い草は。
あからさまなため息を吐いたダグに対し、チカは唇を尖らせる。確かに若干適当に考えたことは否めないし、ロボットと人間が心を通わせるストーリーがテルタニスに似合わないのは事実ではあったが。
折角の意見を邪険に扱われ口をへの字に曲げたチカを置いて、ダグたちは真面目なトーンの話し合いを続けていく。
「治療行為、またパーツのことから、ダグ、ボロ、もしくは我々が生命活動を続けること自体に意味があるのでしょうか」
「俺らが生きていなきゃ達成できない目的でもあるってことか?」
「つっても、僕らに協力的って感じじゃねぇよなぁ。ま、素直に頼まれたところで聞く気しねぇけど」
「自分たちが自主的に動く必要があるということか? テルタニスはそれを狙ってこちらを動かそうとしているのだろうか……」
「『飽きてしまった』、ね。急に接触してきたのは俺たちの行動の遅さに待ってられなくなった、ってとこですかね」
しかし話し合いはそこで途切れた。何故なら誰もその「理由」にも「目的」にも察しがつかなかったのだ。
わざとこちらが動くように仕向けている。なら、その理由は?
自分たちを動かして達成しなければならないことがある。では、その目的は?
どうやら、誰もその答えを持っていないようだった。
「……あ」
「何だよ、何か思いついたのか?」
沈黙の中、ふとチカの頭の中にシャボン玉のようにぼやけた記憶が蘇る。思い浮かんだそれが少し、ほんの少しテルタニスの行動と被っているような気がして、彼女は思わず声を上げた。
それにダグが聞いてもいないのに呆れた声を返す。
「ご、主人さマァァァァ――――――ッ!」
「おいこら待ちなって! その腕の改造がまだ途中なんだよ!」
しかしチカが口を開く前に、半泣きの青髪と目を爛々と輝かせた赤髪がドアをぶち破る勢いで部屋へと転がり込み、しかも修理途中なのか片腕を無くしたままのギルに飛びつかれ、チカは返答どころではなくなってしまった。
「ご主っ、ご主人、サマッ! よがっ、生きてテッ……! も、もう、目を覚まさない、かト、思っテ、オレッ!」
「あだだだだだっ! 何かゴリゴリいってる!」
「おいこらポンコツ! ちっとは自分の体格考えろ馬鹿!」
「チカっ! 大丈夫ですか?」
ギルが駆け寄ってくる様子は感動の再会のように映ったに違いない。ギルの身長と
ほぼタックル同様の抱擁に後ろへと転がり、ギルの身体を構成するフレームはチカの頬をゴリゴリと圧迫した。ギルはダグの怒りにもシャノンの声にも耳を貸さず、片腕とはとても思えない力でチカを抱きしめている。その様子にボロは呆気にとられ、ネズミは手を叩いて爆笑していた。
話し合いの小難しい空気は一気に壊れ、日常の騒がしさが戻ってくる。
※※※
「酷い目にあった……」
「あんたあのポンコツもっとちゃんと躾けておけって」
「できるならしてるよ……」
このまま話し合いを続けるという気にもならず、その場は一旦解散となった。腕の整備中にチカのことを聞いて飛び出してきたというギルがザクロに連れられて、ほぼ引きずられるような形で部屋から出て行くのを見届けた後、チカはダグに疲れた声を返す。
「てか、そっちこそいいの? シャノンに送ってもらわなくって」
「いーんだよ。ガキじゃあるまいし、自分で戻れる」
「ふぅん。ま、かっこ悪いとこはあんま見せたくないもんよね」
「なんだよその言い方」
「べっつにぃ?」
初めはダグを部屋に連れて行くと言っていたシャノンに首を振るダグの姿を思い返しつつ、チカはニマリと笑いながら返事をした。
ネズミは巣の住民に呼ばれ、ボロはギル同様ザクロに引っ張られていき、シャノンがギルのお目付け役として付き添い、部屋にはふたりだけが残されている。
先に口を開いたのはダグの方だった。
「あのよ」
「何?」
「その、助かった。今回は、色々と」
恐らくそれを言うために残ったのだろう。その内容は悪態や皮肉が先にくるダグにしては珍しく率直なものだった。
「お、珍しく素直」
「茶化すなよ。本気で危なかったんだろ」
「……まぁね」
まだ耳の奥にブレードの回転音がこびりついているような気がして、チカは天井を見上げながら息を吐く。白ではないくすんで古ぼけた色はチカを心から安堵させた。
「そこそこやばかったかな」
「……悪かった」
「何よ。しおらしいじゃん」
「だって、俺のせいだろ。それに、あんたは無茶ばっかするが、助かってるのだって事実だ」
ダグはバツが悪そうな顔で続ける。黒い目が、どこを見ていいか分からないと言いたげに彷徨っていた。
「だから、悪かった。協力してくれてるあんたに、あたるような真似して」
そこでようやくチカは、ダグが倒れる寸前にした会話の続きをしているのだとわかった。落ちかけたシャノンを助けた直後、その後不機嫌に交わした言葉。
自分を助けるためにチカたちが危険な目に遭ったという負い目は、彼の中でかなり膨らんでいるのだろう。床に寝転がるダグの言葉には張りが無かった。
「誰かのせいとかじゃないでしょ、こういうのは。私もボロも、助けたいと思ったから行ったわけだし。元はと言えば、ダグが助けてくれたからだし」
「っ、けど」
「それに、何となく分かったし。ダグが怒ってたわけ」
ボロが自分を犠牲にチカ達を逃がしたとき。チカは深い恐怖と悲しみの中に激しい怒りが確かにあったことを思い出す。それは失う恐怖と同じほどの大きさで、チカの中で怒鳴り声を上げていた。
「どうして勝手に不安になることをするんだ」と。
「不安にさせて、ごめんね。ダグ」
恐らく、ダグも同じ気持ちだったのだ。チカがシャノンを庇って、落ちかけたとき、ダグも自分の血の気が引く音を聞いたのだろう。
その気持ちがわかったからこそ、チカも素直な言葉を口にしていた。
「まあ、私こんな性格だし、これからもちょいちょい怒らせると思うけど」
「……そこは『怒らせない』くらい言えよ」
「いやあ、こればっかりは性分なところあるし」
チカは言葉を濁して頭を掻いた。
チカは魔法少女である。だからこれからも何とかしなければいけないと思ったら無茶をする。だから、約束はできない。けれどきっとそれでも無茶をするたびに、目の前の男は諦めずに怒るのだろう。
それが、チカを強い魔法少女としてでなく、普通の人間として見るその言葉が「嬉しい」と言ったらダグはどんな顔をするのだろうか。何となく即答で「気色悪い」と返される気がする。
「……つーかあんた、さっき何言いかけたんだよ」
「え? さっき?」
「ポンコツどもが入ってくる前。何か思いついてたじゃねえか」
「あー、あれね」
柄にもなく素直に話していたのが今さらになって恥ずかしくなってきたのか、唐突にダグは話題を変えた。座りが悪いのか、どこかソワソワしているようにも見える。
チカはそれに頬を掻きながら明後日の方を向き、答えた。
「忘れた」
「は? さっきだぞ?」
「忘れたもんは忘れたの! いいでしょ、もう。どうせ私の考えなんて大したもんじゃないんだし!」
「おいおい、拗ねんなって」
「拗ねてませんー」
聞きたがるダグを躱し、チカは話題を逸らす。
もちろん忘れたわけではなかった。言わなかったのは意見を蔑ろにされた意趣返しの意味もあったが、よくよく考えてみればそんなことはありえないだろうなという結論に落ち着いたからだった。
やはり考えていることなど分かるわけがないのだ。だって、相手は機械で、AIで、人間ではないのだから。
しかし、チカは近いうちに知ることになる。思い浮かんだ考えが、テルタニスのものとそう離れていないことを。
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