154、みっちり反省、そして読めない意図

「そこから先は自分が話そう」

「ボロさん、あんたもう動いて平気なのかよ」

「その言葉はそっくり返させてもらうぞ、ダグ」


 部屋の中に入ってきたのは丁度話題にしている人物であった。ウサギ姿から元に戻ったボロは、いつもの滑るような動きで静かにチカの前へと移動しながら、ダグからの指摘に呆れた声を返す。


「安静にしているべきなのはお前の方だ」

「彼の言葉を肯定します。ダグ、あなたはただでさえ術後で体力を消耗しているのですから、一刻も早く部屋に戻り休息をとるべきです」


 ボロのひと言に今が好機とシャノンが話を合わせる。やいやいと言い始めた彼らに「面倒なことになった」と言いたげな態度でダグは耳の穴に指を突っ込んでいたが、ふたりの剣幕にそれも耐えられなかったようだ。

 ダグはヒートアップするばかりの説教を前に両の手を上にあげて降参のポーズをとった。お手上げらしい。


「あー、わぁってるよ! 話すこと話したらさっさと戻るから!」

「本当だな? すぐに戻るんだぞ」

「ボロ、お任せを。もし彼が戻らない場合は私がすぐに担ぎ上げて――」

「ちゃんと戻るからマジでやめろ」


 神輿みこし状態で部屋に連れていかれる様を想像したのだろう。ダグはしかめっ面を作り、意気込んでいるシャノンへ食い気味に返答する。ついさっきまで張りつめていた空気が緩み、その光景にようやく戻ってきたという実感が湧いてきて、チカは笑みをこぼした。知らないうちに心のどこかでまだ緊張していたようだ。


「言うのが遅れてしまってすまない。まずは今回のことを謝罪させてほしい。工場では君を危険な目に遭わせて本当に申し訳ない」


 ダグようやく説教を終えたらしいボロが改めてチカに向き直り、深々と頭を下げる。チカの半分ほどの背丈のせいで、それは思い切り前に倒した起き上がりこぼしのように見えた。


「……本当よ。こちとら生きた心地がしなかったんだから」

「すまない。君やザクロにはかなりの無茶をさせて――」

「誰かさんは簡単に『殺せ』とか言ってくるし」

「は?」


 チカの言葉にダグとネズミが少し表現することをはばかられるような表情でボロを見る。恐らく説明する際にあえて言っていなかったのだろう。彼はすさまじい視線に晒されながら慌てて声をあげた。


「っむ、そ、それはそちらの方が君たちの安全を」

「言われた方の気にもなれって言ってんの。『殺せ』って言われてはいそーですかって仲間を刺せると思う?」

「それは――」

「……心配してってことは分かってる。ボロがそういう奴だってことも。でも、こっちも同じくらいあんたのこと心配してんの。無茶なことしてるの見ると怖いって思うの」


 殺せ、とそう告げられたとき。チカは生きた心地がしなかった。血の気が引く音を、自身の呼吸が止まる音を確かに聞いた。怖かった。正直なところ、ちょっと泣きそうだった。

 それはもちろん失うことへの恐怖もあったが、他でもない本人に「見捨てる以外選択肢はない」と言われたことが特に堪えたのだ。こちらがいくら心配しようと、手を伸ばそうと、助けたい相手から「無駄だ」と跳ねのけられている気がして。


「あんたのことが大事だから、こっちだって必死になるの。多少無茶したって助けようって思うの」

「……!」

「だからさ、守りたいって言うボロの気持ちも分かるけど、あんまり心配させないでよ」

「……本当に、君たちにはすまないことを」


 その言葉でどれほど心配をかけていたかようやくわかったらしい。ボロは反省を表すように声のトーンを更に下げ、重ねて反省の言葉を口にしようとする。しかし、チカはそれを遮った。

 暗いのは終わりだとチカはいつも通りの笑みに明るい声色でボロに要求する。


「あと、言ってもらえるなら私『ありがとう』の方が聞きたいんだけど」

「……そうだな。ありがとう、チカ」

「ん。どーいたしまして。あ、あとザクロにもちゃんと言っといてよ」

「ああ、そうしよう」


 相変わらず布で顔は見えないが、改めて告げられたその声は柔らかなもので、チカはそれに満足げに頷いた。やはり、受け取るならお礼の方が嬉しい。


「……ボロさん」

「ん? どうした、ダグ」

「どうした、じゃねーんですが?」


 しかし一件落着、のような空気も束の間。ボロは地を這うようなダグの声に身を固くした。


「あんた人にあれだけ言っといてマジで本当……」

「だ、ダグ? その、こうなったことには自分なりの考えがあってだな」

「弁明は後でたっぷりと。自爆の件といい、何をどうすっ転んだら自己犠牲の発想になるのかじーっくりお話し合いしましょうか」

「……不本意だがこりゃ僕もダグと同意見です、ボロさん。反省してください」


 最初とは打って変わってふたりに追い詰められたボロがちらりと視線を投げてよこすが、チカは黙って首を振った。この際だ。ダグとネズミの説教は効きそうだし、自己犠牲精神を改めるいい機会な気もする。


「つーかあんたもだチカっ! 人に説教垂れてる場合か!」

「うぇっ⁈ 私?」


 だがチカがふたりの言葉にうんうんと頷いていられるのも一瞬で、ダグの目がギラリと光ったかと思うと矛先がこちらに向く。


「性懲りもなくまたぶっ倒れるレベルの無茶しやがって!」

「や、だってこれはほら、こうしないと助からなかったし? 仕方がないっていうか?」

「仕方がないで死んだら世話ねぇんだよ! 人に言うなら我が身を振り返れそんで反省しろ!」


 これはやばい、とチカの直感が告げていた。面倒なことになったとも。

 肩を怒らせているダグの説教は少なくとも数分ですまないことは簡単に想像できたし、この蛇のような男のことである。言い始めたら最後、じわじわ締め付けるような正論で追い詰めてくる気がする。

 そんな状況にチカの頭はサクッと答えを出した。

 逃げるが勝ち。


「あ、あー! ボロはテルタニスからどんな話を聞いてんだろうなぁ! ダグの憶測もすっごい気になるなぁ!」

「そ、そうだな。情報の共有は重要だな!」


 凄まじい棒読みであった。とんでもない大根芝居であった。誰が見てもチカとボロがダグの気を逸らそうとしていることは明白だっただろう。しかしその大根っぷりが逆に頭を冷やしたのか、ダグはため息を吐くと「それもそうか」と言って一旦矛を収めた。もちろんその声に呆れが滲んでいたのは言うまでもない。

 チカたちはといえばお説教が何とか回避できたと安心していたが、ダグの言葉に「今は」という枕詞が付いていたことを知るのはもう少し後の話になる。



 ※※※



「は? テルタニスにそんなこと言われたわけ? しかもお茶会って、何そのメルヘンな状況」

「……はい。ぬいぐるみに囲まれた『お茶会』といい、意図が不明瞭です」


 改めて聞いた内容にチカは顔を顰める。ぬいぐるみに囲まれた状況は考えただけで異様な光景だ。しかも話の内容もどこかぼやけていて何を言いたいのか良くわからない。わかったことと言えば――


「テルタニスと会った直後、ボロさんの身体が動ける程度まで回復していたらしい。爆発に巻き込まれた直後にも関わらずだ。目が覚めたその時点で、テルタニスかもしくは別の誰かが治療した後の可能性がある」

「じゃあ、パーツもそのとき?」

「ああ、多分。つっても状況から見て消去法的にってところだけどな。あの工場でパーツ好きに出来んのあいつくらいだろ」

「おいおいあのAIがそんなことするか? 他に忍び込んでた連中がこっそり手ぇ貸したって方がまだ信じられるぜ」

「いや、テルタニスだけでなく防衛ロボの量を考えても第三者が動けた可能性は極めて低いだろう。それに、自分たち以外の騒ぎは起きていないようだった」

「……じゃあなんすか。あのAIがボロさん助けてご丁寧にパーツまで土産に持たせたって、そういうことですか?」

「まだ断定は出来んが、恐らくな」

「見逃してやってただの終わりだの、こっちを逆なでするようなことばっか言っといて?」


 状況的に見てテルタニスがチカたちに手を貸すような行動をとった可能性があること。そしてそうした行動が信じられないような挑発するような言葉を口にしたこと。それだけだった。

 苛立ちを露わにしたネズミが「ワケわかんねえ」と吐き捨てる。チカも同じ気持ちだった。反感を買うようなことを言いながら、していることは手助けそのもの。


「あいつ、結局何がしたいんだろう」


 チカがぽつりと呟いた一言。それはこの場にいる全員が考えていることであった。

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