153、名探偵ダグ?
「ボロさんの友人、ザクロ、だったか? あいつはここにあんたとボロさんを担ぎ込んできた時に大体のことは説明してくれたらしい。俺もその間のことはシャノンから聞いた。ボロさんがどうしてこうなったのかとか、あんたが眠り続ける羽目になった経緯をな」
ダグを救うためにパーツを探しに出たこと、それが原因で同行したふたりに大きな被害が出たこと。急な訪問者に対応しに出てきたネズミたちにザクロは事を簡潔に説明すると頭を下げたという。
「『パーツは手に入れられなかった。だからせめて治療だけはさせてほしい』……ったく、驚いたよ。ザクロの姉さんがあそこまで素直に頭を下げるなんて」
「ネズミはザクロの顔知ってたの?」
「顔も何も、僕は腹に穴開けて寝てたクソガキと違ってこの巣が小規模だった時からボロさんと一緒にいるんだ。あの人の旧友のことくらい知ってる」
「……とにかくだ。ネズミはザクロの言葉を信じ、巣に彼女を上げた。問題はその後だ」
巣に入ったザクロはダグとボロ、両者の治療を並行して行おうとしたらしい。早急に治療が必要だと分かっているダグと、どんな影響が残っているかわからないボロ。両者共一刻を争う患者とわかっていて、順番を決めることは困難だと判断したからだろう。
医療を齧ったことのあるパルの手も借り、ザクロは治療を始めようとした。しかしその時、ザクロは思いもよらないものを発見することになる。
「状態を見ようとボロさんを脱がせた時、パルが見つけたらしい」
「内臓パーツ?」
「ああ。体に紐で縛り付けてあったそうだ」
わざわざご丁寧に衝撃を吸収する保護材に包まれたそれは、あれだけ暴れていたボロにくっついていたにもかかわらず、保存液の一滴も零れていなかったそうだ。
「それを使ってザクロはダグのことを治療した、と」
「出所が判明してないパーツだ。ザクロの姉さんも使うかどうかはかなり迷ったらしいが……ま、状況が状況だわな。助けようと思うんなら躊躇してる場合じゃねえ。それに、僕としちゃ妙なパーツであっても被害がこいつだけなら願ったりかなったりだ」
ネズミの発言にシャノンがムッとした表情をつくり、チカの手刀が発言者の脳天へと鋭く振り下ろされる。ダグはそんなことに構っている場合ではないと言いたげに話を続けた。
「で、俺とボロさんの治療が無事済んで、ボロさんの方が先に目ぇ覚ましたってわけ。ボロさんとパーツの関係性は初めに話した通りだ」
「ボロの方は大丈夫だったの? ほら、その、色々あったし」
「ああ、強制的機械化の件なら本人から聞いてる。災難だったな」
何が起きたのかわかってはいても、大っぴらに「機械化されたボロが襲ってきました」とは言いづらく、チカがもにょもにょと言葉を濁せばダグはその意図を汲んだように軽く頷いた。
「ボロさんだが、乗っ取られていた際に出来た軽い怪我程度で問題はないらしい。機械化部分も身体の残留パーツを取り出したから再発することもないそうだ。まあ、多少強引に破壊したせいか接続神経への麻痺が軽く残る状態だが、それも時間をかければ回復できるって話だ」
「そ、そっか。……良かった」
流石に完全に無傷とまではいかなかったが、それでも考えていた最悪の事態よりはずっと良い結果だった。一瞬ではあったが、ボロの命と引き換えに暴走をとめるという選択肢だってあったのだ。
諦めないで良かった、とチカは改めて胸を撫でおろす。しかしすべてが良い方向に進んでいると思える状況だというのに、ダグは難しい顔をしたままだった。
「今回の件、パーツ以外にも不可解な点がいくつかある」
「不可解な点? そりゃ、あいつがいつも忍び込んでるっていうのに今回に限って待ち伏せされてたりはしたけどさ。ザクロのしてたことがバレたから警戒してたらたまたまってこともあり得るでしょ」
「待ち伏せも疑問に思う点のひとつだけどな、聞いた感じそれ以外も気になるところが多すぎるんだよ」
そう言うとダグは組み立てるように自身の指を動かす。節くれだった、しかし細いそれが指の股を叩き、かと思えば花が咲くようにばらりと離れる。蕾が花開く瞬間をとらえた映像のように、それは何度も繰り返された。ダグが考えをまとめようとするときの癖なのかもしれない。
「まずひとつはボロさんの体に怪我の治療をしたあとが残っていたこと」
「治療?」
「聞けばあの人の体にあったのは軽い擦り傷切り傷程度のものだったらしいが、そもそも目立った外傷がそれだけなのはおかしい。だろ?」
「……確かに、そうだけど」
脳裏に浮かぶのは激しい爆発音と、その衝撃に落ちていくボロの姿。あれを見ていればとてもじゃないが、ただの擦り傷だけで済むとは思えない。
「ザクロによれば重度の火傷及び衝撃による骨の損傷等、爆発のときについた大きな怪我は既に治療済みだったそうだ」
「え、じゃあ誰かが治した後だってこと? ザクロ以外で」
「そうなる。問題は誰が何のためにどのタイミングで、ってことなんだが……これはちょっと後に回そう。次は、テルタニスは何故かあんたを捕まえなかったって点だ」
ダグは三本目の指を立てながら、真剣な眼差しで言葉を続けた。
「あいつはあんたを捕まえる絶好のタイミングだったのに逃がした。それは何故か」
「でも、前だって似たようなことあったじゃん。ゴミ捨て場でさ」
シャワーを探しにゴミ捨て場に行った時のことを思い返しながら、チカは言う。あの時も追い詰められていたのはこっちだというのにテルタニスは追いかけてすらこなかった。
「気まぐれとか、ほら、『今はまだ泳がせておいてやるか』みたいのじゃないの? あいつ、何考えててもおかしくないし」
「誰のモノマネだよそれ。……まあ、これに関してはその前例があるからはっきりしたっていってもいいんだが」
「何よ、はっきりしたって」
「前回のゴミ捨て場での件。俺はテルタニスが街中で目立つことを嫌って逃がしたもんだと考えていた。国を預かるAIが、ただの人間を総出で追っかけ回してるとあっちゃ、善良な人間に不信の種を植え付けかねない」
立場のある人間が表立って滅多なことをしない理由と似たようなものだった。大きな信頼を得ている人物ほど、それを崩すような真似をした際の揺らぎは大きい。清廉潔白なイメージで売っていた俳優の不倫報道を週刊誌が何度も擦り、大衆が原型を留めないほど叩くように。
けれどその予想は今回の工場の一件を考えると、外れていたかもしれないとダグは語る。
「誰の目も無い、しかも自分のテリトリー内部っつう絶好の機会だ。それなのに逃がすってのは最早意図的だろ。恐らくあいつは何か理由があって、あんたをわざわざ逃がしてる」
「だからそれこそ『泳がせてる』ってやつじゃないわけ?」
「まあ大雑把に言やそうなんだろうが……問題はその理由なんだよな。エネルギー問題のために異世界からわざわざ呼び出した奴を泳がせて、奴に何のメリットがある?」
それもそうだった。そもそもチカはテルタニスと白衣連中にエネルギータンクになれと迫られて逃げ、今に至るのだ。捕まりそうであれば喜んで捕まえそうな気もするし、大体相手の立場から見れば好きにさせておく意味が分からない。
だんだんこんがらがってきて、チカはダグの真似をして指を組んでみる。しかし一向に良い考えは浮かんでこなかった。
「それから最後にもう一点。俺にしちゃこれが一番不可解なんだが……テルタニスはあんたらと合流する前のボロさんに接触し、会話をしている」
会っているのは別におかしくはない。テルタニスの口調から察するに、ボロに機械化をしたのはあのAIなのだから。だが「会話」となるとチカは首を傾げてしまう。反抗者を改造する前に何を話すというのだろうか。考えられるのは脅しか、取引か。
しかし、彼の言葉はそこで終わらなかった。
「それでこれは、あくまで憶測の域を出ない話なんだが――」
そこまで言うとダグは何かを決断するかのように目を閉じ、ふらふらと揺れていた指を固く握り込んだ。
「状況から考えるにパーツと治療、そのどちらにもテルタニスが関わっているんじゃないかと考えている」
再び開かれた、静かだが迫力のあるに目にその場の誰もが視線を奪われ、重々しく呟いたひと言に呼吸も忘れて動きを止める。
しかし空気の張りつめた部屋の中、誰かが息苦しさにごくりと唾を飲み込み、大きく息を吸ったそのとき、ダグの背後のドアがガチャリと音を立てた。
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