150、三人誰も欠けないために

「ッ、お前!」

【素晴らしいご活躍。本当に、あなたは想像を簡単に上回ってしまうのですね】

「――テルタニス。てめえ、今さら何しにきやがった」


 部屋全体に響き渡る声に、チカは動かないとわかっていても起き上がろうとせずにはいられなかった。

 ザクロが倒れたチカの前に身を乗り出し、ドスの利いた声を上げる。その目は見えないAIの姿をとらえようとしているのか、虚空を睨みつけていた。


「あいにくだが、てめえの可愛いガキどもは全員仲良くおねんね中だよ」

【ええ、そのようです。まさか生命を諦める以外の方法で切り抜けてしまうなんて】

「……なんだと?」

【計算上ではあなた方が己の生命活動を優先し、彼を処理するという形で事を切り抜けるはずだったのですが】


 本当であれば、ボロは自分たちの手で仕方なく殺されるはずだった。

 そんな耳を疑いたくなるような話は、唐突に話し始めたテルタニスの口から簡単にこぼれ落ちた。


【やはりあなたの行動を完全に計算するにはまだまだあなたと言う情報が足りないみたいですね】

「……てめぇ、まさか、ボロを改造しやがったのはそのためだって言うのか? アタシらに、殺させるために?」


 人というのは予想外過ぎる言葉をぶつけられると怒りよりも驚きが勝るらしい。ザクロの表情はそれをよく表していた。怒りと驚き、その両方に表情筋が困惑し、口元が歪んでいる。


【ええ、必要なことでしたので】


 意味がわからない。そう言いたげなザクロの声にテルタニスが返したのは肯定だった。合理的で効率的なAIは当然とでも言いたげな態度で、あまりにめちゃくちゃな考えを口にする。


「マジで、何考えてんだよ、てめえは……⁈」

【――分からなくても結構ですよ。それに、こちらに構っている場合ではないのではありませんか?】

「あぁッ⁈」

【あなた方は理由があってここへ来たのでしょう。それとも、こちらのテリトリーの中、立ち向かうおつもりで? 行動を起こすのは一向に構いませんが――】


 その時、テルタニスの言葉の途中で、いきなりチカの視界が宙へと浮かぶ。驚いて彼女が視線を動かせば、そこには悔し気に唇を噛んだ状態でチカの身体を持ち上げているザクロの姿があった。


「ちょっ、ザクロ!」

「……腹は立つが、確かに今あのクソAIと事を構えるのは面倒だ。あんたはまともに動けそうにないし、アタシひとりじゃを守り切るのは難しい」

「っ、それはそうだけど、でも」


 理性ではザクロの行動が現状への最適解だと分かっていた。だが、当たり前のように言い放ったテルタニスのひと言が、ボロへの仕打ちが、チカの頭を沸騰させる。


「死んでも生きて帰るんだろうが!」


 けれど続けて聞こえてきたザクロの言葉に、チカは何も言えなくなった。

 どこか叫ぶような、自身に言い聞かせているようにも聞こえるザクロの声に、チカは気づく。

 同じだ。自分と同じように許せないと、ぶん殴ってやりたいと思っていて、でも生きて帰るためにそれを必死に押さえつけている。

 よく見ればザクロの唇からは血が滲んでいた。



【おわかりいただけたようでなによりです。それでは、また逢う日まで。あなた方がすぐに現れてくれることを期待していますよ】


 ふたりを抱えて走り出したザクロはテルタニスの言葉を無視する。もう聞く気などないということなのかもしれない。

 ただその腕にぶら下がったチカだけが、聞こえてくる言葉に我慢できず反応していた。


「っ、あんた、私たちに本気でそんなこと言うだけのために――――」


 景色は遠のいていくのに、いつまでも耳元で話しかけてくるような声は変わらない。チカは小馬鹿にしたようなテルタニスの偉そうな口調に眉間に深い皺を刻んだ。

 このAIは何を企んで、こんなことをするのか。まさか煽り文句を口にするためだけに、わざわざ尻尾を巻いて逃げる自分たちに声をかけたとでもいうのか。


 想像した腹立たしい理由に一度は呑み込みかけた怒りがまたぶり返してきそうになる。しかし、テルタニスから返って来たのは思いもよらない言葉だった。


【そうですね。報告、と言えばいいのでしょうか】

「……報告?」

【あなた方はゆっくりと準備を整えているつもりなのでしょう。ですが、遅いのです。こちらはもう、待つことに飽きてしまった】

「――何言ってんの、あんた」

【なので、これからは少しだけ積極的に動くというご報告です】


 聞いても内容はさっぱりで、わからないということだけがわかって。チカはどこか楽し気に聞こえるその声に、初めて恐怖らしい恐怖を覚えた。言っている言葉はわかるのに、理解できないという恐ろしさ。


 チカはしつこく耳にまとわりついてくる声に「動くとはなんだ。はっきり言え」と言おうとした。だがそこで彼女はうまく舌が動かせなくなっていることに気づく。意識してみると、さっきまで眩しいほどの明るさだったはずなのに、視界もずいぶん暗かった。

 ついに本当の限界へと達した身体が、意識を保てなくなっているのだ。


【ああ、最後にひとつだけ。実はあの光線はあなたの攻撃を解析し、それを元に作ってみたのですが、あなたから見て完成度は――】


 ぶつりと、その言葉を最後にチカの意識はテレビの電源を落とすかの如く切れた。

 コピーした攻撃の出来をコピー元に、しかもその攻撃に散々狙われた相手に聞くAIを「悪趣味」と心の中で罵りながら。

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