149、ひとまずのハッピーエンド?




 ザクロの提案した作戦は無茶なものだった。


 ピューラに指示を出し、あのバズーカ砲を持ってこさせ、それをその場で改造する。チカのビームでも破壊できなかったあの銀チューブを破壊できるように。そして、改造が完了するまでの間、無防備なザクロをチカが守る。

 無茶苦茶だった。成功確率は限りなく低く、例え完成までたどり着けたとしても、改造したバズーカ砲がチューブを破壊できない可能性だって大いにあった。


 だが、チカたちはやり遂げたのだ。そのどちらも、限りなく細い成功の糸を自力で掴み取った。


「ざく、ろ」

「……ああ、見て見ろ。チカ」


 床から起き上がる体力もなく、チカは肩で息をしながら言われた通りにザクロの視線の先を辿る。ちょうど、巨人が崩れ落ちるところだった。

 指揮系統を失くしたせいか、元々そういったプログラムだったのか。防衛ロボたちは巨人を形作る力を無くし、宙からボロボロと落ちていく。戦う意思もないのかレンズの目に光はなく、ブレードを回転させることもない。落ちるのが普通だと言いたげに、役目を終えたロボットたちは床へと落ちていく。

 ガランガランと、床越しに反響した音が聞こえた。


「やった、のかな。私たち」

「ああ、やった。やってやったぞ。アタシたちは、勝った!」


 天井が眩しく、逆光でザクロの表情は見えなかった。だが今にも叫び出しそうなのをこらえている声に、どんな顔をしているのか簡単に想像が出来た。きっと泣き出しそうな、けれど清々しい笑みを浮かべているのだろうと。

 その顔を思い浮かべ、チカも疲れ切った顔に笑みを浮かべる。魔法少女はボロボロで、指の一本だってもう動かせそうになかったが、それでもテルタニスに一矢報いたという紛れもない事実が、疲れ切ったチカの身体を支えていた。


「ねえ、ぼろ、ボロ、は?」

「ああ。お嬢ちゃんのおかげで、この馬鹿も無事だ。ほれ」


 一番気になっていたことを聞けば、ザクロは腕に抱えたピンクの塊をチカへと見せる。それはところどころが焼け焦げて、ボロボロで、けれどしっかりと生きていた。

 歪む視界の中でも分かる、呼吸に上下する体にチカは長い長いため息を吐く。張りつめていた緊張の糸がゆっくりと解けていった。


「あのチューブ、跡形もなく吹っ飛んじまったみたいだね。ざまあみろっての」

「……ザクロ。変なものくっつけられてたけど、ボロ、大丈夫かな」

「あー、まあ戻ってから丹念に診る必要はあるけどね。恐らく部分的な機械化の一種だ。心配ないよ。何せアタシなんか身体中の機械化ぶっ壊されてもピンピンしてるからね」

「それ、笑ってもいいやつ?」

「当たり前だろ。アタシ渾身の持ちネタだ」


 笑っていいのか駄目なのかわからないザクロの冗談めかした言葉にチカは小さく笑いながら身体を起こす。だが、腕に力を入れようとした途端、チカは自身の異変に気が付いた。

 腕に力が入らない。


「あ、あれ? どうしよ、ザクロ。私、腕が」

「……動くんじゃないよ。この中であんたが一番無理してんだ。あんだけやって、普通に動き回れたら最早化け物さ」


 何度か起き上がろうとしてそのたびに失敗を繰り替えしたチカは、ザクロの声に素直に従う。

 よくよく考えれば当たり前の状況だった。魔法を限界まで使い、ほとんど体力が尽きかけているような状況で、ダメ押しに消費の激しいモードまで使ったのだ。いくら魔法で補助ができるとはいえ、チカの元の体力は運動部の女子高生を若干上回っている程度に過ぎない。ここまでの大立ち回りをすれば身動きが取れなくなるのは当然のことだった。


 もう変身を維持することも出来ないのだろう。チカはいつの間にか制服姿に戻った自身を見下ろし、改めて身体が限界だとあげている悲鳴に気が付く。


 大人しく倒れたままのチカに、ザクロが続けて言う。


「戻ったら、改めて礼を言わせてくれ。この馬鹿を救えたのは間違いなくあんたのおかげだからね」


 その声は尖りのない実に穏やかなもので、ロボット相手に猛威を振るっていたその手は、今や宝物でも抱えるかのような手つきでボロを抱えていた。

 まるでぬいぐるみを抱っこしている女の子みたい、と言ったらきっと怒るのだろう。気恥ずかしさに茶化してやろうか、という考えがチカの頭をよぎる。しかし、とてもじゃないがもうそんな体力は残っておらず、魔法少女は閉じかける瞼を何とか持ち上げながら、静かに頷いた。


 言ってから恥ずかしくなったのだろう。ザクロは気を紛らわせるように大げさに咳払いをすると、少し芝居がかって聞こえるほどの明るい声でチカに言う。


「さて、今はとにかく身体を休めてな。アタシが一番動けるだろうしちゃっちゃとやる事を」

【――――お見事です、皆さま】

 

 だが、束の間の柔らかな空気はガラスを叩くような声にピシリと凍り付いた。

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