148、決着は発射される数秒に
突然、銀チューブはボロの身体を引きずるようにして移動した。中央から端へ。まるで玉座から脇役へと移るように。その間、針は俯いていた。計算をする時の、ロボットの癖。
「……何?」
途端の出来事だった。銀の針が顔を上げた瞬間、チカに向っていたロボットたちの動きがぴたりと止まったのだ。
固まったロボットたちは新たな指令でも受けたのか、レンズの瞳だけを忙しなく動かしながら、言う。
「命令を受信。対敵性プログラム、起動」
「プログラム? 何しようとしてるか知らないけど、妙なことするなら――」
ただじゃおかない。続けてそうチカが言いかけた時、事は起きた。
いきなりロボットたちが同じ方向へと走り出したのだ。
「命令を受信。プログラム、起動準備」
「起動準備、行動を開始」
似たような内容を繰り返しながら、ロボットたちはどんどんと中央へと集まっていく。ついさっきまでチカと争っていたのが嘘のような動きだった。防衛ロボは唖然とするチカの横を通り抜け、白く広々とした空間の中央へと集まっていく。
何が起きているのか分からない光景に混乱しながらチカはちらりと後ろを向いた。壁に囲まれた、ピューラの手を借りながら作業をしているザクロのつむじが目に入る。
視線を感じたのかザクロは顔を上げると、黙ったまま首を横に振った。準備はできていない、ということである。
ならば仕方がない、とチカは盾を構える手に力を入れた。できればロボットたちが何かしでかす前に事を片づけたかったが、そうはいかないらしい。なら、やるしかない。己の身ひとつで、切り抜けるしかない。
鋭く息を吸って、吐く。熱が出たときのように、熱い吐息とは反対に体は冷えていたが、そんなことに構っている暇はなかった。
さあ来いと魔法少女が剣を振り、決意を新たにロボットたちの策略に対峙しようと背後から前へと視線を動かした、そのときだ。
「――は」
高い天井にぎりぎり迫るほどの、巨人。
目の前の影に、チカは言葉を失った。チカが視線を移してからたった数秒。その間に現れた数百メートルを優に超える巨体は、確かに彼女を壁ごと押しつぶさんと手を振り上げている。まだ完全にくっついていなかったのだろう、振り上げた拍子に巨人を構成している防衛ロボがボロボロと振り落とされていった。
悠長に考える暇など残されてはいなかった。チカは足で蹴り上げるようにして盾を真上へと構えると、両手でそれをがっちりと掴む。
その直後だった。押し付けるような空気の塊と共に、巨人の手が降ってくる。
「がっ、あ、ぁ、っぐ、ううぅぅぅぅぅ――――っ!」
こちらを潰さんと意図した重さに、チカの食いしばった歯から悲鳴にも似た叫びがもれる。
酷い圧力だった。像に踏み潰される蟻の気分だった。盾はどうにか形を保っていたが、それを支える腕はミシミシと悲鳴を上げている。白い手袋の間から、ぬるりとした汗が零れ落ちた。脂汗か冷汗か、もうどちらとも区別のつかない体液がチカの足元に斑模様を作る。
重さに耐えきれないのか、床にブーツの踵がめり込んだ。
巨人の動きは緩慢で、避けようとすれば簡単にそれも出来ただろう。だが、動けないザクロがいる以上それも叶わなかった。チカが避けてしまえばザクロはピューラたちと共に巨人の下敷きになってしまう。
わかっていてやっているのだろう。今まで得た情報から、こうすれば魔法少女は迷わずに行動すると。体力の限界が近づいている今であれば、ちょっとの力押しで簡単に動きを封じることができると。
チカは巨人を避けるように脇へと退いた銀色を睨みつける。思った通り、防衛ロボを動かしたらしいそれは、銀の針をまとめてチカへと向けていた。本人とは全く違う、憎たらしい声がチカへと告げる。
「防衛プログラムの正常な起動を確認。状況、予測演算内容との一致を確認。排除対象のエネルギー消費量、増加」
「お、ま、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――っ!」
この状況を作り出した犯人にチカが咆哮を上げた。だがそれは銀のチューブを揺らすこともなく、巨人の体に弾かれて散っていく。
針の先端には光が集まりつつあった。
「対象の拘束を確認。最大エネルギー、充填。限界出力により想定される被害規模を確認。安全装置起動。周囲生命体への避難勧告、カウントダウンを開始」
威嚇のように放っていたものとは比べ物にならないほど、光線は太く大きく、集まっていく。針の先端の輝きは増していき、小さな太陽となってチカの目を白く焼く。
キュイ―ン、という金属を引っかくような音が徐々に、徐々に大きくなっていた。チカは半ば本能的に理解する。その音が最大になった瞬間、銀チューブが語る充填は終わるのだろうと。
そしてその充填が終わった瞬間が、自分の最期だろうとも。
「充填率97パーセント」
極太の光線は充填が終わったその瞬間に光の速度で己を貫くに決まっているのだから。
「98パーセント」
巨人の手の下でチカはもてる限りの力を振り絞り、現状からの脱出を図る。だが盾を支える腕はつっかえ棒の如く固まり、いくら押そうが何の手ごたえも感じない。体力は手を受け止めた時点で絞りカス程度しか残っておらず、押し返すだけの魔法はもう出てこない。今だって支えているのがやっとの状態なのだ。
「99パーセント」
逃げられない。動くことも巨人をどうにかすることも、意味のない銀チューブのカウントをやめさせることも、できない。何もできない。何も、何も、何も、何もかも。
今の彼女に許されているのは精々痛みが無いように祈ることと―――
「100――――」
「準備完了ぉっ! 待たせたな、チカッ!」
――――背後から聞こえるタイミングを聞き逃さないよう、耳を澄ます程度だった。
「やっちまえぇぇぇぇぇぇ――――っ!」
チカが叫ぶ。ザクロを取り巻いていた壁が、消える。
赤い髪の彼女はギラリと歯を光らせると、ずいぶんと付属品が増えたバズーカ砲を肩に構えた。
名を「試作型熱源探知型自動追尾ミサイル」。チカに出会った時彼女が撃ったその武器の特徴は「熱源を探知し、機械化部分だけを破壊する」こと。
そしてザクロが手にしているのはその改良品、彼女とピューラの突貫工事による改造でさらに破壊力を増した一品である。
「あばよ――――クソったれチューブ!」
光線が発射され、ザクロの指が引き金を引く。途端、周囲の音が吹き飛ぶような爆発音が聞こえ、一本のミサイルが放たれる。
チカは光線の発射直前、充填間際のほんの数秒に巨人の手を投げ捨て、横に転がる様に飛んだ。そして、魔法少女は横倒しになった視界の中、標的へと向かって行くミサイルの軌道を見る。
それは熱源を探知し、咄嗟に盾にされた防衛ロボの隙間を縫うように飛び、熱源反応とくっついている銀チューブを追い詰める。ついさっき充填したものを撃ってしまったせいか、チューブは光線でミサイルを撃ち落とすこともせず逃げ惑う。
けれどミサイルは
しかし、まだ諦めていないらしい銀チューブは距離を詰められながらも、うまく防衛ロボを障害物代わりに時間をかせいでいた。そのせいか中々距離は縮まらない。
「逃走ルート、の演算、成功率――――」
だが、一瞬、たった一瞬だけ、宙で銀チューブの動きが止まった。
動かなくなったチューブの先には蛍光ピンクのウサギが一匹、まるでチューブの足止めをするかの如く、防衛ロボのブレードに引っかかっていた。
そのたった一瞬を、ミサイルは逃さない。
「逃走――不可――」
静寂。その直後、甲高い破壊音が悲鳴のようにチカの耳に響いた。
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