146、魔法少女、新たな変身

 目の前には変わらずにずらりと並んだロボットたち。チカはそれを横目で見ながら自身の背後に向けてステッキを振る。

 ここから先、ザクロは動くことができない。


「無理するんじゃないよ。あくまでも大事なのは命だ」

「そんなの百も承知だって」


 四方を魔法で作り出した壁に囲まれたザクロが分かっているのかと声を上げ、チカはそれにステッキを軽く振って答えた。ガチリ、と壁同士が接触する音を確認してから彼女は正面を向く。これでもう死角から致命的な一撃をくらう、なんて事態にはならない。それこそ壁が壊されない限りは。


 ロボットのレンズが一斉にチカの方を向いた。何の感情も読めないその部分がカチカチと音を立てて回る。


「障害発生、エネルギーの凝固体を検知」

「排除対象への攻撃演算終了。結果、不可」

「確保対象からのエネルギーの流動を検知」


 ザクロに攻撃が届かないことを理解したロボットたちが今度は一斉に意見を求めるように後ろを向く。するとレンズの視線を一身に浴びた銀チューブが、ボロの体を使って口を開いた。


「……エネルギー凝固体の発生源が確保対象であることを確認」

「言っとくけど、これすっごい頑丈だから。簡単に壊せると思わないでね」

「強度確認、対象物の破壊、演算開始――――」

「唯一簡単に壊せるとしたらぁ、私を倒す、くらいかな?」


 聞いているかわからない言葉を続けながら、チカは銀チューブに目を向ける。うなだれた針たちは、今頃せっせと頭の中で効率的な破壊のやり方でも計算しているのだろう。


 言ったことは嘘ではない。壁には強い魔法を込めた。簡単に壊すことは不可能だろう。だが、それも絶対ではない。「簡単に壊れない」ということは裏を返せば「時間をかければいずれ壊せる」ということだ。ザクロを守る壁は無敵ではないし、攻撃をくらい続ければ壊れるだろう。そうなってしまえば作戦は失敗。チカもザクロもボロもここまでというわけである。

 しかし魔法少女はそんな心配など毛ほども持っていない。聞かなくてもチカはわかっているのだ。ロボットたちがどんな判断を下すのか。

 少し間を開けてから、銀の三つ首が顔を上げた。


「演算終了。――排除対象の効率的排除のため、確保対象の無力化、またそれに伴う致命的攻撃の許可を申請――応答、許可」

「ま、そっちのが簡単だってすぐわかるよねえ」


 何故なら彼らはロボットである。効率的により簡単に物事を進めるために計算し、行動するのがロボットである。無限に湧き出るが故に、仲間に攻撃が当たることを厭わないように。そんな彼らが地道にスプーンで壁を掘るような手間を良しとするわけがない。

 それに加えて場合によってはチカを排除対象にすることも知ってしまえば、もう答えはわかったようなものだった。


 目的が「チカの確保、ザクロの排除」から、「ザクロの排除のため、チカの無力化」に変わったのであろうレンズの視線に晒されながら、チカはステッキを構えた。これでロボットたちはターゲットを壁からチカへと変え襲い掛かってくることだろう。

 準備は上々だった。どこから飛んでくるかわからない壁への攻撃に気を張っているよりは、こちらを狙ってくれた方がよほどやりやすい。


 後ろからまた声が聞こえた気がして、チカは視線だけをちらりと後ろに向ける。壁に遮られて声は明瞭に聞き取れなかったが、その口の形だけで何を言おうとしているかは良く分かって、魔法少女は返答代わりに口角を上げた。

 「やっちまえ」実にシンプルな言葉。


「かかってきなよ。ほら、私が邪魔なんでしょ?」


 そう言ってチカは自身を取り囲む軍勢に中指を立てる。一対多数、孤軍奮闘、そんな言葉がぴったりな光景にも関わらず、ステッキをまるで構えながら。


 後はひとりで守るだけ。守り切れたら、こちらの勝ち。

 チカは改めてそのことを考えながらブローチに手を当て、鋭く息を吸った。途端、チカの身体が眩い光に包まれる。


「……救済の力よ剣となれ。守護の力よ盾と化せ。全て退ける強固な鎧をここに」


 ステッキは剣に、片手には盾を。そして柔らかなフリルの上に白雪のような鎧を。

 守るために、守りやすい形へと魔法少女は姿を変える。

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