145、まるで星のように目を奪う





 ザクロからの提案の一部始終を聞いてからチカは頷いた。未だ揺れる赤い目とは違い、オレンジの目は悪戯を企てる子供のように生き生きと輝いている。


「了解、要は時間を稼げばいいってことでしょ」

「しつこいようだけど、うまくいくかは本当に賭けだよ?」

「わーかってるって。それに今はそれ以外私も思いつかないし」


 再度の確認に笑って答えつつ、チカが放ったビームが敵に命中する。背後に残骸と化したロボットの落ちる音を聞きながら、魔法少女は言葉を続けた。


「だから賭けだろうが可能性が低かろうがやるしかない、でしょ?」

「……まったく、本当に肝が据わったお嬢ちゃんなこって」

「お褒めの言葉ありがとうございまーす」

「その調子じゃずいぶんボロも手を焼いたんじゃ、ないかいっ、と」


 世間話の延長線上のような会話をしながら、今度はザクロの腕が突撃してきたロボットたちを横なぎに吹き飛ばした。何体かのブレードが折れ、羽根をもがれた蝶のように床でじたばたと動き回るがそれもすぐに動かなくなり、すぐさま新たな機体がその上を飛んでいく。


 ザクロはちらりと入ってきた入口へと目を向け、防衛ロボでみっしりと埋まったそこを確認してからからチカへ視線を戻した。


「よし、分かった。アタシも腹をくくる。あのクソAIに一泡吹かせてやろうじゃないか」

「それで? 手始めにすることは?」

「とにかく入り口周辺の奴らをやってくれ。アタシんとこのやつらは優秀で小回りもきくが、流石にここまで数が多くちゃ身動きが取れない。後の流れはさっき説明したとおりだ」

「りょーかい。じゃ、はじめよっか」


 魔法少女の声はまるで劇のリハーサルを始める様な気軽さだった。だがチカたちがこれから始めるのは待ったなし、失敗があろうとなかろうと強制的に続いていく正真正銘命がけの作戦である。


「上手くやれ。死ぬなよ、チカ!」

「あったりまえでしょ。死んだって生き延びてやるから!」


 その会話を最後に二人はロボットひしめく入口へと身を躍らせた。チカはステッキを握り、ザクロは拳を構えながら。

 観客のいない舞台が今、幕を開ける。



 ※※※



 何体目だ、これで。

 ザクロの目にはもう数えることも諦めてしまった防衛ロボの真新しい体が映っている。ついさっき、自分が拳でひしゃげさせたものと寸分たがわぬ新品の体。


 底抜けに明るい少女の返答につられて気軽に答えたものの、現実は頭がおかしくなりそうだった。ロボットは何体も何体も現れて、入り口で暴れまわるふたりを止めようと邪魔をする。何度も何度も、殴っても殴っても、同じロボットが目の前に現れる。

 終わりが無い、永遠の戦い。疲れ果てたザクロの頭は同じ光景の繰り返しにぼんやりと霧がかりはじめ、「殴ったロボットがその場で復活しているのではないか」と考え始める。もしかしたらこいつらはテルタニスが新たに発明した金属で出来ていて、形状を記憶して壊しても壊しても復活する悪夢のような


「ザクロッ! 前!」

「―――っ、と⁈」


 そう思考が混濁しかけたその時、隣で戦う少女の声がザクロの耳を揺さぶった。その一瞬で現実の音が滝のような勢いでザクロに流れかかり、夢でもみるかのような半目になっていた目が大きく見開かれる。

 目の前には高速で回転するブレードの勢いをそのままに、頭から突っ込んでくるロボットの姿。

 突然現れたように見えたそれに、ザクロは慌てて膝から折れる形で背をのけぞらせた。結果目標を失ったロボットはザクロの顎スレスレを特急スピードで飛んでいき、後ろで待機していたロボットの中へと突っ込んでいく。そのまま衝突したのだろう、ブレード同士がぶつかり合うけたたましい音が続けて聞こえてきた。


「シャキッとしてよ。命狙われてるのはそっちなんだから!」

「あ、ああ。悪い」


 いつの間にか隣に来ていた少女はザクロの様子にもう平気と思ったのか、話を切り上げるとすぐさま新たなロボットの群れへと突っ込んでいく。戦うにしてはふざけているようにしか見えないリボンがはためき、白い線となって目に焼き付いた。


 変な女。それがチカへの第一印象で、それは今もいい意味で変わっていない。

 異世界からやってきて、巻き込まれて、だというのに決して斜に構えない。恐らく身内は元の世界にいるだろうに、全力で「魔法」という未知の力を振るう少女。自分の半分程度しか生きておらず、ここで生まれていればまだテルタニスに庇護されているであろう子供。

 数時間前まで他人だったチカが、自分の大切なもののために、上手くいくかもわからない作戦に乗って戦っている。文字通り、命をかけて。


 その事実にザクロは眩し気に目を細め、戦う少女の背を見た。可愛らしい外見からは考えられないほど泥臭い、けれど不思議と美しく映る戦いを見た。

 目を引く鮮やかなオレンジがそう思わせるのか、それとも在り方がそう見せるのか。資料でしか読んだことはないが、きっと「星」というものは、チカのように力強く輝いているのだろう、とザクロは考える。追い詰められても光を失わない、見る者の視線を奪う星。


 ザクロは自身の頬を叩いた。自傷趣味はないが、痛みは気合を入れるのに重要だ。

 思えばずいぶんと情けない姿ばかり見せてきた。だから、今度はこちらの番。全てはあの馬鹿に怒鳴りつけるために。チカの帰りを待つ仲間を救うために。そして、三人で生きて帰るために――


「チカ! 時間だ!」


 少しばかり数を減らした隙間に飛び込んできた自身の掃除ロボットの姿を見た瞬間、ザクロは大声を上げた。視界に入ったオレンジが頷くのを見届けて、ザクロは鋭く息を吐く。


 ――この作戦を、絶対に成功させる。



 ※※※



「……よっし、何とかなったか」


 ピューラの甲高い「先生」という声を聞きながら、チカは首を回す。まずは第一段階が完了だ。

 だが気は抜けない。むしろ、チカにとっての本番はこれからだった。


「さあて、何とかしちゃいますか」


 ステッキの握りすぎで凝り固まった指の関節をボキボキと鳴らしながら、魔法少女は短く呟く。その表情には隠し切れない疲れが滲んでいたが、口元はうっすらと弧を描いていた。

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