144、欲求大爆発
そこからやることは決まっていた。防衛ロボとの正面衝突である。
早い話、魔法少女である彼女には鬱憤がたまっていた。フラストレーション、ストレス、言い方は色々だがとにかくたまっていた。今この時までチカは散々邪魔をされながらも「戦力の温存」という目的に明確な抵抗を縛られていたのだ。普段であればムカつけば即反抗即ビームの、反抗心の塊であるチカがである。
その戒めが解かれた時、どうなるか。
「よくも、今まで、好き勝手やってくれたわね!」
チカのビームが天井近くに飛ぶ防衛ロボたちを薙ぎ払う。かと思えば、こっそりと背後から接近していたロボの腹にオレンジバンテージを巻いた拳で強烈なボディブローをおみまいする。空中にはロボットの爆発と火花で何度も花火が上がり、地上ではメゴシャァなんて破壊音がそこらかしこから聞こえてくる。
ギリギリまで極貧生活を送っていた人間に大金を与えたらどうなるか。乾き飢えていた人間に水を与えたらどうなるか。今のチカはそれと同じ状態だった。
つまりは、欲求大爆発である。
「カカッ! いいねぇその戦いっぷり! アタシの時よりも暴れてるんじゃないかい?」
「当たり前っ、でしょ! こちとらずっと、ずっと、ずぅ――っと我慢してたんだから!」
「ああ、そりゃあ、違いない、っね!」
彼女の魔法少女仲間が見たら顔を覆ったことだろう。彼女をスカウトしたスーツが見たら遠い目をしたことだろう。魔法少女で、可憐なフリルとリボンを着ておいて、そんな戦い方があってたまるか、と。
けれど魔法少女仲間に何か言われるたび、見かねたスーツに苦言を呈されるたび、チカはこう返してきた。
「わざわざやりにくい方法で戦う必要ある?」と。
これがチカのやり方だった。使いやすい魔法の形だった。可愛らしい服が好きで魔法少女になったところがあるチカだったが、周りが言う所謂「魔法少女らしい戦い方」とは相いれなかったのである。
ステッキから星型やらハート型やら飛ばす暇があったらビームをぶっ放す。凝った変身ポーズを決める間に対象を殴り飛ばす。それがチカという魔法少女だった。やりづらい形で長引かせるより少しでも早く決着をつけ、よりスッキリするやり方を迷わずとるのだ。
そして今現在、この場所にはそんなチカのささやかなストッパーとなる両者どちらの姿もなく、魔法少女の傍らにはその暴れっぷりをむしろ楽し気に見る者しかいない。
だからチカは思う存分ステッキを振るった。ザクロがたてる破壊音をBGMに、ステッキを、時に拳を振るい続ける。今まで我慢してきた分をぶつけ続ける。
ボロが落ちて行ったとき、誰よりも早く駆けだしたかった。群がるロボットたちを「邪魔するな」と蹴散らし、あの突っ走る男に手を伸ばしたかった。
そんな苛立ちが、何も出来ずに逃げることしかできなかったことへの怒りが魔法へと姿を変え、チカの行く手を阻むものたちに牙を剥く。
「いい加減っ、邪魔っ、するなぁぁぁぁぁっ!」
バキンと折れたブレードが、くるくると宙を舞った。
「……ねえ、減ってる気、する?」
「残念ながらまったく」
「やっぱりそっちも?」
しかし快進撃かと思われた勢いもほんの束の間のことであった。
チカが近くのロボットにアッパーカットをかましながら聞けば、ザクロのうんざりとした声が返ってくる。どうやら思っていることは同じらしい。
まったくもって、ロボットたちは減る気配を見せなかった。何度殴ろうとビームを放とうと、その層は薄くなる兆しすら見せない。たどり着くどころかボロとの壁は厚くなるばかりで、こうして考えている間にもロボットたちは壊れて生まれた隙間へと滑り込んでいく。
ロボットの向こう側から放たれた光線がザクロへと迫る。背後からの突然の攻撃を避けられなかったロボットたちが太い光の筋に焼かれ、蛍光灯に触れた羽虫のように床へと転がった。味方に当たったら、など考えるまでもないらしい。いくらでも代わりがいるからこそ、考えないのかもしれない。
ザクロはそれを飛んで躱しながら口を開いた。
「どーするお嬢ちゃん。テルタニスのガキどもはまだまだやる気だってさ」
「本当、何体いるのよこいつら」
「さあてねえ。何せテルタニスの重要拠点を守る連中だ。いくらいたっておかしくないだろうよ」
力押しという選択がないわけではなかった。幸いにもロボットたちは避けることをほとんどしない。だからビームでも何でも、奴らの在庫が空になるまで暴れ散らかしてやればいい。減る兆しがないのなら、減らざるをえないところまで追い込めばいいのだ。
だが一瞬浮かんだ力押し作戦をチカはすぐさま頭から消した。理由は簡単で、それで終わりではないからである。
チカたちはロボットを壊したくて戦っているわけではない。その先の、助けたい者がいるからこそ戦っているのだ。まだあの忌々しい銀チューブをどうするかも決まっていない段階で、壊すだけ壊してエネルギー切れ、なんて事態は避けたい。
どうすれば、と振り出しに戻った悩みが頭の中を回り始めた、その時だった。
「そこで、だ。アタシからちょいと提案があるんだが」
「提案?」
「ああ、でも準備に時間がかかるし、あんたの協力がいる」
何か案が浮かんだのか、ザクロがにやりと笑って言う。だが表情とは反対に、その声はどこか言うのをためらっているようにも聞こえた。
「やるだけのことはやるが、情けない話、うまくいく保証はない。それでも――」
「上等よ」
けれど「やるか?」というザクロの最終確認を聞く前に、チカは短く答える。
保証がなくても、それが少しでも手が届く可能性に繋がるのなら内容がどんな無理難題だとしても、魔法少女の答えは決まっていた。
チカは即決に目を見開くザクロに対し、簡潔に尋ねる。
「それで、私はなにをすればいいわけ?」
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