143、増援なんてしったこっちゃない

 腕に虫がついていた場合、どうするか。

 多くの人間はそれを取るために腕を振ることだろう。意識の外へ追い出すべく、虫が自ら離れてくれることを願いながら。もし極度の虫嫌いであるチカであればもっと過激な手段に出るのかもしれないが、それはさておいてだ。


 何が言いたいかと言えば、現実になりかけていた嫌な予感を前に、チカはそれと全く同じ行動をとった。要するに銀のチューブ握った手を思いっきり空へと振りぬき、手を離したのだ。

 遠心力で宙へと投げ出された銀のチューブはあっけなくチカの手から離れると、離れること自体が目的だったかのように空で体勢を立て直す。まるで後付けされた三つ首の方が本体であるかのような動きだった。おまけのようにくっついたボロの身体がクルクルと舞い、チューブに引っ張られる形で床へと落ちる。

「脱出成功、行動を続行」


 ボロの声ではあったが、すでに温度はなかった。完全に意識を乗っ取られたのだろう、今や彼の口はチューブの意志を代行するスピーカー代わりだ。


「チカっ、無事か⁈」

「平気。けど、ボロが――」


 くっついている手首に安堵しながらも、チカはついに主導権を握ったチューブを睨みつける。自由を取り戻した三つ首はボロの体を軸に、再びこちらへと針を向けようとしていた。威嚇する蛇のような構えだ。飛び出してくるのは舌でなく、当たれば黒い穴の開く光線だが。距離の関係ない攻撃は猛毒を持った蛇の噛みつきより、よほどたちが悪い。

 どうするか。ビームでの破壊は難しく、かといって引っこ抜くこともできそうにない。けれどあれをどうにかしなければボロが解放されないのは明白で


「対象の確保、及び対象外の排除を開始」

「ザクロ、今は避けることに集中して。あいつあんたを狙ってる!」


 まともに考える暇すら与える気はないらしい。チューブは体をうねらせ銀の鱗を輝かせると、再び光線を使っての攻撃を再開する。チカの視線が針の先にいる赤毛をとらえ、光が凶悪な武器となるべく集まるのと同時に叫ぶ。その叫びがザクロに伝わるのと、充填を終えた光線が放たれるのは丁度同じタイミング。

 「狙ってる」の「る」を言い終わるか終わらないかの瞬間に、光の筋が音を置き去りにする速度で迫り、ザクロは咄嗟に仰け反ることでそれを躱す。光線はなびいた彼女の髪に穴を開け、支えを失くした髪の毛が白い画用紙にまばらに引いた線のように散らばった。


 向けられた明確な殺意に、ザクロの額に冷汗が光る。銀のチューブはどうしてもチカ以外を排除したいようだ。


「チッ、容赦ないねぇ」

「平気? 首はまだ繋がってる?」

「当り前さ。――それで、お嬢ちゃん。アタシはどうすりゃいい」


 半端に千切れ、だらりとぶら下がった髪をうっとおし気に揺らしながら、ザクロは赤い目をぎらつかせる。そこに目の前のことが飲み込めない幼げな少女はもういなかった。ただ怒りに燃え、凶暴に尖った歯をむき出しにするひとりの女がいる。その横顔には今にもチューブを噛み切りそうな獰猛さが滲んでいた。


「あの馬鹿を、こっちに引き戻す助けるんだろう」

「……そうだね。まずは――」


 獲物を見据える目は鋭く、紡がれる言葉は重く低い。

 ようやく調子が戻って来たらしいザクロの物言いに笑みを浮かべ、チカは考え付いたことを声に出そうと口を開く。だが、その言葉の続きを遮るように影がかかった。


 見上げなくても分かる、侵入してから聞き慣れてしまったブレードの回転音にチカは深くため息をついた。そして予想していた通り、数秒もたたないうちにこの場所にたどり着く前と同じ蝉の大合唱のような音が、雨となってチカたちに降り注ぐ。


 頭の上もきっとその時に見たのと似たような光景なのだろう。魔法少女は何度目かの襲来に首を鳴らしてから準備運動でもするかの如く両手の指を伸ばし、それからひき伸ばされた布地がギチリと音をたてるくらいきつくステッキを握りしめる。もう逃げる意味もなさそうだった。

 開かれたオレンジの目には赤に負けるとも劣らない、好戦的な輝き。


「とりあえず全部ぶちのめして、あのクソチューブを引っ掴まえることかな!」

「いいねぇ、分かりやすくってさぁ!」


 チカの吠える様なひと言にザクロが応じた。そのやり取りを最後に、二人は銀のチューブを守るために現れた、文字通り山のような数の防衛ロボへと突っ込んでいく。

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