救出作戦
142、やり方がわからなくたって!
方向が決まってからの魔法少女の動きは早かった。
チカはよく耳を澄まさなければ聞こえないほどのか細いボロの声に力強く頷くと、後ろで何をしてよいかわからないまま立ちっぱなしになっているザクロに向って決定事項を叫ぶ。
「ちょっと手ぇ貸して!」
「ど、どうすんだよ⁈」
「どうするも何も、助けるの!」
「助ける⁈」
ボロの声が聞こえていないザクロにとっては何が何だかわからないのだろう。背後で困惑と驚愕が半々くらいの声が上がる。だがそこに喜色の色は確かにあった。通常よりワントーン高く上ずった声は、混乱しながらもチカに続きを促している。どうやって助けるのか、と。
それに対し、チカは手の中でのたうつ銀の針を握ったまま、つい今しがたボロへの頷きと同じぐらいの力強さではっきりと言い切った。
「わかんない!」
「は――――」
「わかるわけないでしょ! こんな事態遭遇する方がレアケースなんだから!」
「わかんない、わかんないってお前、それで」
わかるわけがない。魔法少女をやっていて敵に操られている場合もある、と教えてもらったことはあった。だが、遭遇すること自体は初めてなのだ。具体的に何をどうこうすれば大丈夫、なんて知っているわけがない。
潔すぎる返答に、今度は呆然としたザクロの声が耳に届く。決して口に出してはいなかったが、その声色は「馬鹿なのか?」と、雄弁に語っていた。
確かに馬鹿なのかもしれない。具体的な案は何もなく、明確な目標もなく、それどころか元に戻るかもわからない。もう手遅れの可能性だってある。そんな状況で「助けるから手を貸せ」とはっきり言い切る魔法少女の姿は、馬鹿か、考えなしか、はたまた気が狂っているように見えるのかもしれない。
「わかんないけど、でも、助けてって言ってんならやるしかないでしょ!」
けれど、チカにとって「わからない」は、「助けられない」理由にはならないのだ。どんな絶望的な状況であろうと、意味のわからない技術が使われていようと、彼女は手を伸ばすことをやめはしない。それが仲間であるなら尚のこと。
「お嬢ちゃん、あんた、本気でボロを――」
「助ける! だから手伝って!」
正直なところ、ボロが助けを求めたことに内心でチカはほっとしていた。本人に助かる気が無ければ、上手くいくこともいかなくなる。自ら望んで沈んでく者の手を掴めば、助けるどころか自身諸共引きずり込まれてしまう、と教えられたのは一体何回目の講習だっただろうか。
チカは生きのいい魚のように暴れ来る銀の針を抑え付けにかかる。チカたちに何度も光線を放ったそれらの先を辿れば、銀のチューブはボロの纏う毛皮の内側から伸びていた。
巣の中でも巣の外でも見覚えのない形状のそれに、これが悪さをしているのかもしれない、とチカは考える。だとすれば、これをボロの身体から取り外すことができればどうにかなるかもしれない。
そう考えたチカはそのうちの一本を力任せに引っ張ってみる。しかしやはりというか、銀のチューブはびくともしなかった。ボロの身体に根を張り巡らせでもしているのか、諸悪の根源は引けども引けどもピンと張ったまま。
「っこれ、どうなってんのよ」
「そ、それか? なあ、それ取ってもいいやつなのかよ?」
「わかんない。わかんないけど、こんなのついてなかったし」
そのあまりの頑固さに破壊して取り外そうか、という乱暴な考えが頭をよぎる。しかしボロの身体の間近でビームを撃ち込むというのはあまりに危険なやり方に思えた。この銀の針がどれほどボロの身体を動かせるのかは知らないが、万が一、ボロに当たりでもしたら目も当てられないだろう。
それに問題はそれだけではない。チカが針に目を落とせば、そこには相も変わらず鋭く尖った三本があった。そのうちの一本はビームをゼロ距離で当てたにもかかわらず、だ。多少曲がった痕跡はあるが、それだけだった。今はボロがどうにか光線を撃たせない様にしているらしい針は、真正面からチカのビームを受けたというのに平然としている。
つまり何が言いたいかと言えば、魔法での破壊自体も難しいということだった。
チカはそれに嫌な光景を思い出し、思い切り顔を顰める。そう、忘れもしないテルタニスが巨大白玉となってチカたちの目の前に現れた際、あのAIはあろうことかビームを
「――――あたま、が――排除――くわ、れ、――排除対象外の妨害を検知」
そのときだった。悲鳴にも似たボロの叫びに耳を揺らされ、チカの考えは霧散する。ボロのものと機械的な音声が混じる中、銀のチューブがボロの抵抗を押しのけようとしているのか、一際激しくうねった。チカの身体の半分ほどしかない小さなウサギのぬいぐるみがまるで痙攣するようにガクガクと揺れる。
「だ、めだ! はなれ、ろ――――!」
そして一際大きな声をあげた、その瞬間。ボロの身体から完全に力が抜けたかと思うと、銀のチューブが今までにない力強さでチカの手を押し返した。ボロのエネルギーを吸い取ったかのようにすら見えるそれは、まだチューブを離さないチカの手を煩わしく思ったのか、二本の針を内側へ、チカの手首のほうへと向ける。
何をしようとしているのか、その意図に気づいてしまい、チカはヒュっと息を呑んだ。
まさか、自分の手首ごと――
「目的達成のため、排除対象外への致命的攻撃許可を申請――応答、許可」
完全に意識を失ったボロの冷たい声。それを合図に向けられた針の先端には再び光が集まり始める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます