140、そんなの聞けるか!
白いブーツが床を蹴り、宙にリボンがひらめく。それを追うように銀の針たちが首を動かし、太陽の方を向くひまわりのようにチカを追いかける。針についたチューブがギチギチと音をたて、それに抵抗するようにウサギの体が揺れた。
それは単なる見間違いかもしれないし、単純にチューブの動きに揺られただけなのかもしれない。けれど少なくともチカの目には、ボロがこれ以上傷つけまいと必死に抵抗しているように見えた。
その光景がまた、チカの神経を逆なでする。
「――――チカ、あんた」
「殺せとか、なにかっこつけてんの⁈ ばっかじゃないの!」
ウサギの抵抗も空しく、またもやチカに向けて光線が放たれる。だが、魔法少女は咄嗟に身を屈めることでそれを躱した。髪がなびき、色鮮やかなオレンジが白一色の部屋に浮かび上がる。さっきの光線で焼け焦げたのか、その端は光線の着弾点と同じように少しだけ黒く変色していた。
光線は彼女の頭上を素通りし、目標を失ったそれは何も出来ないまま壁に着弾する。じゅうっ、と背後から壁が悲鳴を上げる音が聞こえたが、チカがそれを振り返ることはない。
魔法少女の両目はただまっすぐに、自らを殺せと言った男に向けられている。
爛々と光るその目は、まるで焔の如く。
「馬鹿! アホ! 頭でっかち!」
「ち、か。じぶん、は、きみたち、を、きずつけて、しまう」
「勝手なこと言うな! こっちの身にもなってよ!」
口から飛び出るのはまるで小学生の罵倒のような語彙だったが、すでに光線の動きを見切ったかのようなしなやかな身のこなしは子供のそれではない。三つ首から放たれる光線に足元を焼かれながらも、チカは前進し続ける。気づけば白だけの床には黒いシミがあちこちに浮かび上がり、焦げた臭いを漂わせていた。
煙が立ち上り身体に絡みつく。だがその程度でチカの足が止まるわけもない。黒い靄は風を切るチカにぶつかって霧散し、宙に解けて消える。
殺せだって? 自分の身を守るために?
男の声を、願いを耳の奥に思い出し、チカは奥歯を砕けんばかりに噛みしめ、叫ぶ。
「誰が、誰があんたの言うことなんかきいてやるもんか!」
「だめだ、やめ、ろ、ちか、たのむ、じぶんを」
また光線が発射され、今度はチカの頬を掠める。切れた部分から血が溢れ、黒と白だけだった空間を新たに彩っていく。もだえ苦しむようにウサギが体をねじらせ、銀の針ががちゃがちゃと音を立てた。
けれどチカは止まらない。頬の痛みなんて些細に思える程の怒りに突き動かされるまま、魔法少女は男へと駆ける。
殺せ、と彼が言った瞬間、チカは間近で息を呑む音を聞いた。赤い目が恐怖に冷え込むのを、決して良くない血色がさらに青ざめ、紙のように白くなるのを見た。凍り付いたように固まる手足を見た。泣きだす寸前の瞳の揺らめきを見た。何かを言おうとした喉の動きに気が付いた。
――そして、それら一切を飲み込んで、覚悟を決めたように表情を変えるのを、見た。ひとりの女が、男のために恋心を殺した瞬間に気づいてしまった。
「こっちにばっか背負わせて、勝手に楽になるな!」
それを傷つけてしまうから、殺せだって?
ふざけるな、とチカは思う。こちらがどんな気持ちで、ザクロがどんな気持ちでいたかも知らないで、勝手な事ばかり言って。
この男はこうなのだ。毎度勝手に覚悟を決めて、守るためだと突っ走る。それを見ている側がいることにも気付かずに。誰にも頼らず、身を投げ出す。
「っ、勝手に決める前に――『助けて』ぐらい言え!」
ボロにようやっと手が届いた少女の怒声が響き渡り、止まったままのウサギの毛をビリビリと震わせた。
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