139、その願いが聞けるわけもなく
死ぬのかもしれない。頭に光線を突き付けられたこの状況で、そう思わない方がおかしいだろう。
だが放たれた光が魔法少女の首をとろうと迫りくる、その寸前。チカの目は何もない天井へと向けられる。規則正しくはんぺんを敷き詰めたような、白のタイル。この建物は本当にどこもかしこも白いのだ。それがテルタニスの趣味なのか、たまたまそうなったのかはチカにはわからない。
間近にザクロの焦った声を聞きながら、チカはそんなことを考えていた。色々と考えすぎて、脳が勝手に逃避を始めたのかもしれない。凄惨な事件の動画を見た後に、可愛い犬猫動画で後味のバランスをとるように。
けれど、そうぼんやりとしたことを考えられるのもほんの数秒の間だけだった。
上を向いたチカの眼前を光線がパッと通り抜けていき、ついさっきまで頭があった場所を通過する。その光景を最後に、チカの身体は横っ飛びに吹っ飛ばされるような形で床へと転がった。どこかを掠めたのか、ガスコンロに顔を近づけ過ぎた時のような、焦げた臭いが鼻につく。
チカの上にザクロが覆いかぶさる形で重なっていた。太鼓を叩くような早く力強い振動がザクロの身体から伝わってくる。それがどうしてかずいぶんと多いように思えて、チカはそこで初めて自身の鼓動がザクロのものと重なるように動いていることに気が付いた。
「っひ、おま、しぬ、気か!」
ひきつけを起こしたようなザクロの声が湿った息と共に耳に届く。とっさに庇ってくれたらしいザクロの血を透かしたような鮮やかな赤がこちらを覗き込むのを見て、それまで無音だったチカの耳にようやく音らしい音が戻ってきた。
――――生きている。
それが分かった瞬間、ドッと身体から冷汗が噴き出す。
「ざ、ザク、ザクロ? あれ?」
「マジでっ、やばかったんだぞ!」
急速に迫って来た現実感が夢に片足を突っ込んだような思考をクリアにし、チカの足を震わせた。心臓は今にも破裂しそうなほどに激しく胸を叩き、舌は痺れたように上手く動かない。吐き出す息は熱気のように熱いのに、身体中が氷につけられたように冷たかった。
ザクロに引っ張られるようにして、震える足を持ち上げ身体を起こす。あんなにも間近に聞こえた忌々しい機械音は今やどこからも聞こえなかった。見渡しても天井と壁以外の白はなく、変わらない蛍光ピンクのウサギが本物のぬいぐるみのように座っているばかり。
囁かれたことも何もかも、すべてが夢だったのではないかと思えてくるが、焦げた髪の臭いが、ウサギの後ろでギチギチと不気味に蠢く銀の針が、その考えを否定する。
「……どうする」
針の動きから目を離さないままザクロが言う。その声は酷く萎れていた。それこそ震えていないのがおかしなほどに。その目は人ごみで親とはぐれた子供のように、見るからに困惑しきって、何をどうしたらよいのかわからないとでも言いたげだった。
問いへの答えをチカは持っていない。むしろ聞きたいのはチカの方だった。
自分たちはこれからどうすればいいのか。黙ったまま、光線を吐き出す針を構える仲間の前で、何をするのが正解なのか。そもそもあれは本当に仲間なのか。
頭の中が捻じ曲がり、絡まる。何一つわからない先が、焦りばかりを増幅させる。
わからない。何もかもが、正解が、答えが、わからないことすら――
「―――せ」
そのときだった。微かに聞こえた、聞こえるはずのない声にチカは顔を上げる。
声は、ウサギの中から確かに聞こえてきた。
「……はやく、ころせ」
それは少し聞いていなかったはずなのに、ずいぶんと懐かしく耳に届くボロの声。そして、聞き間違いではない、願い。
その声に、絞り出す様なその願いにチカは目を見開き、確信を抱く。やはりあの言葉は夢の類でなく、目の前にいるのは紛れもなく本物。守るためなら身を捧げる覚悟を持った巣穴の長。
チカたちが無事を願った男のその言葉に、「助かるために切り捨てろ」と、告げてくる声に、チカは
「――――っ、勝手に諦めてんじゃないわよ!」
魔法少女は、啖呵を切った。
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