137、聞きたくない機械音声
照準を合わせてからわずか数秒後のことだった。チカのステッキから目を焼かんばかりの輝きがなくなり、ピンクの塊をぶち抜くはずだった極太のビームはその力を失っていく。
チカの腕がだらりと下がった。その目はまっすぐに、凍り付いたように前だけを見つめている。
「なんで」
【疑問を確認しました】
「なんで、あんたが、ここに――」
【疑問にお答えします。ここはアルカ連邦国家の重要施設、私が運営する】
「そんなこと聞いてるんじゃないっ!」
電話越しの機械音声のような回答を遮った。チカの頭の中で、ぐるぐると聞こえてきた声が回る。奴はその回答は間違いである、と言ったのだ。では、その回答とは?
チカはその回答の意味を聞こうと舌を動かす。
「なんであんたがここにいるのよ!」
【ですから、先ほど申し上げたとおり】
「隠れてないで、さっさと出てきたらどう⁈」
高級デパートの受付のような話し方にイライラする。間違っているのは侵入してきたお前らの方だと指摘するような言い方に腹が立つ。
気づけばチカは喧嘩腰の口調で見えない敵対者と会話していた。語気を荒げ、目を血走らせ、暖簾に腕押しの態度に積もるばかりの苛立ちをぶちまける。魔法少女の鼻息は荒かった。獲物が目の前にいたら、裸足で逃げ出してしまうような形相をしていた。
わかりやすい親玉の登場に、少女の嗜虐心が露わになる。「これはいくら傷つけてもいい」と、脳細胞が甘く囁いた。チカは意識してなかったが、先ほどまでの凍えぶりが嘘のように、チカの口は油をさした機械の如き滑らかさで動いている。
「テルタニス! あんた――――!」
【回答を、知りたくないのですか?】
けれど「なんのつもりだ」、と叩きつけようとしたその矢先、チカは二度目の氷水を機械音声からぶっかけられる。
回答を聞くつもりだった。数秒前まで、テルタニスの声を聞いてから、問うつもりだった。「一体何が間違っているというのか」と。しかし指摘を受けた通り、どうしてか口から出るのは遠回りな言葉ばかり。
だがその理由は他ならない機械音声の声でストンとチカの中に落ちてくる。
【聞きたくないのですか?】
「――――」
【本当は、もう間違いに気づいているのではないですか?】
知りたくなかった。
聞きたくなかった。
一瞬でもうすぼんやりと浮かんでしまったその答えを、はっきりとした形にしないでほしかった。そうしてしまったら最後、浮かんだだけのそれを、もう妄想と言い切れなくなってしまう。
チカは首を振った。長い髪が遠心力で外に引っ張られ、首の周りで結ばれたリボンがブランコのようにぶんぶん揺れた。
「うるさい!」
チカは吠える。テルタニスの声をかき消すほどの勢いで、何も見えない虚空に向って。
再びステッキを構えた。聞こえる前に。冷静で冷徹で淡々とした機械音声が耳に回答を流し込んでくるその前に。分かってしまう前に。早く決着をつけなければという焦りがチカを突き動かす。
汗でヌル付いた手袋の内側からステッキを握り込んだ。そうすると慣れた体は勝手に魔法の反動を逃がすべく足を肩幅に開き始める。神経を研ぎ澄まし、チカは再び攻撃を当てようと、眉間に力をこめた。全ての音が遠くなり、視界の外側がぼやけ始める。目の中の筋肉が緊張し、眼球を絞り上げるようにぎゅっと引き締まった。
早く、早く早く早く、早く、終わらせないと――――
【あれは偽物などではありません。正真正銘、あなたの知っているあの男です】
決して大きくないはずの声がチカの耳元でそう囁いた。
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