136、怒りに満ちたステッキ一振り
音がした。正確には「したような」気がした。それが音なのかそれともボロに見える何者かの悲鳴なのか、チカには咄嗟に区別がつかなかったからだ。
視界はビームの衝突で雲に頭を突っ込んだような状態で、耳は間近に音を聞いたせいかくぐもった耳鳴りが止まらない。はっきりしていることと言えば確かにチカのビームが命中し、その衝撃で彼が風に飛ばされるぬいぐるみのように吹っ飛んでいったことぐらいだった。
「っ、ザクロ! 大丈夫⁈」
「……ぁ、ああ」
「ぼさっとしてんのはどっちよ、まったく」
ぐわんぐわんと脳みその中で反響する己の声を聞きつつチカが問えば、今度はちゃんと意識のある返答が返ってくる。どうやらビームの衝撃が残していったものは何も耳鳴りと視界不良だけではないらしかった。
ようやく我に返ったらしいザクロのはっきりとした声に安堵のため息と呆れの舌打ちを混ぜながら、チカはステッキを握る手に力を籠める。頭蓋を揺さぶるような音の反射がようやく収まり、まだぼやけてはいるが目も色を取り戻しつつあった。
「油断しないでよ。あの偽物、吹き飛ばしただけだから」
「――偽物、なのかい?」
「偽物に決まってんじゃん! ボロがするわけない!」
白の中にうっすらと浮かび始めたピンク色を視界に収めながら、チカはまだ困惑を滲ませるザクロに断言する。もったいぶって推理を開始するミステリー小説の探偵のように確固たる証拠を掴んだわけでなかったが、少なくともチカの頭の中で答えは決まっていた。
ボロは苛つくほど慎重な男で、だがその石橋を叩いて砕くようなやり方の裏に「仲間を守るため」という理由があることをチカは知っている。そのせいで誤解を招くことが少なくないことも、考えが先走るあまり突拍子もないことをやらかすことも。
だから、ザクロに攻撃をしたあれが、「排除」などという言葉を使ったのが、ボロなわけがないのだ。
「するわけないんだから」
ザクロに、自身に言い聞かせるように言葉を繰り返せば、証拠のないそれはチカの中にしっかりと根を張った。そして「あれはよく似た偽物である」という確信を得ると同時に、チカの中にふつふつと怒りが沸き立ってくる。
それは一瞬でも「ボロが生きていた」と間抜けにも喜んでしまった自分への怒りであり、こんな悪趣味なやり方を考えた誰かへの怒りだった。何者の企みかは知らないが、用意されたその罠は、間違いなく彼女たちへの侮辱である。ボロの決死の覚悟を、飲み込んだふりをしながらも心のどこかで無事を願っていたチカたちの想いを、まるで嘲笑うような行為だ。
チカは体に籠った熱を出すべく、熱した石に水をかけたような音をたてながら息を吐き出す。そうでもしないと、叫び出しそうな怒りと熱で照準が狂ってしまいそうだった。
「――こんなやり方するとか、マジで最低」
魔法少女の口からこぼれるのは固まったマグマの如く冷え切ったひと言だけ。だがその目は真逆に、爆発するタイミングを今か今かと待ち構えるようなぎらついた輝きを放っている。
白の中、くっきりと見えたピンクの塊に、チカは熟練の武闘家の鋭さでステッキを振りかぶる。怒りのこもった腕が風を切ってうなりを上げ、その拍子にショートからロングへと変化した髪が宙へと巻き上がった。
オレンジが熱を帯びた光沢を放ち、近づくことすらためらうような鮮やかな姿が無機質な空間に浮き出る。
チカは短く息を吸った。
「チ――――」
【いいえ。その回答は誤りです】
だが煮えたぎった怒りを振り下ろすその寸前、氷水のような声がチカの耳を突き抜けて行く。
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