それはまるで機械のような

135、恋と言うのは時として、その身を縛る

 咄嗟にチカがステッキを向け、ザクロとボロの間に壁を作り出すのと収束した光が放たれるのはちょうど同時のできごとだった。


「っ、ザクロ! 離れて!」

「――――」

「ボロは、そんなことしない!」


 一本の光線となった光が魔法で作り出した壁に衝突し、バチバチと激しい閃光をあげる。衝撃にずん、と重くなったステッキを血管が浮き出るほどに握りしめながら、チカは呆然と目を見開いたままのザクロに対し、腹の底から叫んだ。

 ざりざりとブーツが無理やり下がらせられるように床を擦っている音にチカの首筋を冷たい汗が流れ落ちていく。片手で持っていたステッキを両の手で持ち直し、両足を肩幅に開いてどうにか押されまいと体勢を維持するが、それでも光線は一向に弱まる様子を見せない。

 魔法が押されている。改めて気づかされたその事実を前に、チカは奥歯を強く噛みしめた。


「早く逃げて! これ以上もたない!」

「なんで、どうして、ボロ――」

「っ、ああ! もうっ!」


 腕が押されるような感覚に、壁は数分も持たないだろうと魔法少女の勘が告げている。

 チカはさっさと逃げてほしかった。痺れ始めた腕が耐えきれずに下に落ち、壁が撃ち破られ光線がザクロの額へと直撃する前に、ボロの前に座り込んだザクロが我に返って距離をとることを期待していた。


 だというのに、ザクロはチカの声が聞こえていないのか、それとも起きていることを現実として受け止めたくないのか、一向に動こうとしない。チカの腕が「もう限界だ」と痺れを感じ始めていることを知る様子もなく、赤い目は幼げに丸く見開かれるばかり。呆然、という言葉がこれほど似合う姿もそうないだろう。


 まったく、恋というものは人間をどれだけ変えてしまうのか。逃げるどころか首すら動かさないザクロを見て、チカは舌を打ち、駆けだす。通常からは考えられないようなその姿が、かえってチカの頭を冷静にしていた。


 無理に動かした両の腕が白い手袋の下でギシギシと軋みを上げ、筋肉痛が引きつるような痛みが何倍にも膨れ上がってチカに襲い掛かる。太い血管が、悲鳴を上げる神経が今にも焼き切れてしまいそうだった。


 だが、魔法少女は止まらない。チカは痛みをぐっと飲み込むと、獣のような唸り声を上げながらボロへ猛然と突進する。その姿は魔法を可憐に操る少女というよりは敵兵に突撃する戦士そのものであったが、痛みと衝撃に耐えているチカにそんなことを気にしている暇はない。


 チカは座り込んだままのザクロへ渾身のタックルをかまし、その身体を無理やりボロの前から横へと倒す。力の入っていなかったザクロはあっけなく床へと転がり、代わりにチカの身体がボロの前へと躍り出る形となった。


 眼前の壁がひび割れ、その隙を逃すまいと光線が勢いを増す。もう数秒も猶予のないその瞬間、チカはこちらに照準を定めたままの針に向ってステッキの先端を突き出し、叫んだ。


「チカ、ビィィィィ―――ッム‼」


 途端、ふっと壁が消失し、その代わりにステッキからほぼゼロ距離のビームが光線を撃ち出す針へと放たれる。

 光と光がチカの目の前で衝突し、視界は真夏の太陽のような白一色で埋め尽くされた。

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