134、望んだ再会?

 その姿を見ただけで、チカは固まってしまった。言いたいことがたくさんあったはずなのに、いざ目の前に現れると、そのどれもが消え失せてしまう。

 目の前のことに頭がついて行かず、言いたいことがうまく言語化できないままチカの口はもう一度同じ言葉を繰り返す。まるで声を出すのが初めての子供のように、その声は拙い響きで転がった。

「ボロ?」


 返事は返ってこない。変わらず静まり返った何もない空間で、ピンクのウサギは俯いているばかりだった。

 一歩、ウサギに向って足を動かす。たったそれだけだというのに、おかしいほど膝が震えているのが分かった。気を抜いた瞬間、その場に崩れおちてしまいそうだった。

 声が、伸ばした指先が、震える。


「ボロ――」

「――――ってめぇっ‼」


 だがその時、亀の歩みのようにしか動けなくなったチカを、風のような速さで赤いザクロが追い抜いた。怒号にも聞こえる声を張り上げ、真っ赤な髪を業火のように乱しながら、ザクロはまっすぐにウサギへと突っ込んでいく。ガッガッガッ、とヒールが穴が開かないのが不思議なほど力強く床を打つ音が響き渡った。

 そしてその大きな手は迷わずに、ウサギの胸倉に掴みかかる。


「てめぇ、あんなことして、どの面下げてアタシらの前に戻ってきやがった!」


 口調と同じく乱暴にウサギの体を揺さぶった。がくんがくんと、その振動で垂れた両耳が頼りなく揺れるが、やはりボロは何も言わない。全てを受け入れるかの如く、ただ無言で揺られ続けている。

 その反応が更にザクロの感情を揺さぶったようだった。ザクロは喉から血が出るのではないかと思う勢いで声を荒げ、興奮からか目を深紅に染め上げる。


「――お前が連れてきた奴はぎゃあぎゃあ泣くし、お前は勝手なことしやがるし、本当に散々だこのくそったれ!」


 言葉が出てこないチカとは反対に、ザクロの口は止まらない。チカが呆然と立ち尽くす中、マシンガンのような勢いでボロに対する感情をぶちまけていく。

 けれど、言葉を続けるうちにその勢いも次第になくなっていった。ザクロの手はただ縋り付くようにウサギに伸ばされているだけになり、燃える炎の如く吊り上がっていた目は、今や水をかけられたかのように垂れ下がっている。


「……何なんだよ、おまえ。何やってんだよ、馬鹿野郎が」


 いつの間にかその両頬は濡れている。両の目から零れ落ちる涙で、その顔はぐちゃぐちゃになっていた。

 ザクロはだんだんと勢いをなくした弱々しい芯のない声で呟くと、へなへなとその場に膝をつく。その拍子にまた大粒の涙が零れ落ち、ウサギの毛並みを濡らして光らせた。

 決して言葉として口にすることはなかったが、掴んだ手の力強さが、怒っているようにも聞こえるその声が、泣くのをこらえた唇の震えが、ザクロの安堵を全身で表している。


「…………ボロ」


 そしてザクロは名前を呼んだ。一度失った男の名を、今にも泣き出しそうな声で、呼んだ。


 その声につられて、安堵したのかチカの目にも涙が滲む。そして眦に浮かんだそれをゴシゴシと拭った時には固まっていた足をようやく動かせるようになっていた。

 ボロが無事だったという暖かい安心感が、ずっと緊張の糸が張りつめていたチカを解きほぐす。


「っ、ザクロ、ボロ――!」


 床に張り付いたように動かなかった足が、今は軽やかだった。チカはまだ震える声を上げながら、抱き合ったまま動かないふたりへと駆けていく。


「――――対象、捕獲、完了」

「……え?」


 それは確かにボロの声だった。聞きなれた声のはずだった。それなのに、その声は、言葉の響きは、言い方は、まるで金属のように冷たくて。


 ジャゴリ、と音を立ててザクロの頭に突き付けられるものがあった。ボロの背後から伸びた、チューブをつけた銀の針のような見た目のそれは、目を見開いたザクロに向きを定めたまま、飛行機のエンジンのような音をさせながら切っ先に光を集めていく。


 そして、ボロは言った。


「排除、開始」

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