133、辿り着いた先に見えたもの

 走る、走る、走る。ほんの少しも走る速度を緩めることは許されない。緩めたが最後、残像が見えるほどの速度で回転するブレードはチカたちの背をズタズタに引き裂くだろう。

 牧羊犬に追い立てられる羊の気分だった。追いかけられて、目的地も意図もわからないまま走り続ける。


「こ、れぇっ、どこにっ! 向って、るのっ⁈」

「知らねえ、よっ! 後ろの連中にでもっ、聞いてみるか⁈」

「話を聞いて、くれるようには思えないん、だけど!」


 走っても走っても、風景は変わらなかった。相変わらず真っ白なタイル張りの通路はどこまでも続き、同じような扉が壁に並び続けている。そのせいか、増え続ける防衛ロボから逃げ続け、ずっと走り続けているはずなのに、一向に前に進んでいる気がしない。

 自分たちはどこに向っているのだろう。跳ね上がった心拍の合間にチカが叫べば、ザクロからも叫ぶような返答が返ってくる。答えは互いに同じだった。わからないのだ。


「どうするっ? このまま、走ってる、だけじゃ」

「ああ、そうだな! 連中に、じき追いつかれる!」


 持久戦となるとこちらが不利なことは明白だった。何せ人間の体力VSロボットなのだ。チカが幾ら魔法で補助が効くといっても体力には限界があり、それはザクロも同じである。体力が切れればロボットはあっさりとチカたちを捕まえるだろう。かといって、無尽蔵にも思えるロボットたちを相手にその場にとどまって戦うというのは、逃げるよりもさらに悪い判断に思えた。


 どうすればいい、どうすれば、この状況を打開できる。

 荒い呼吸を吐き出しながら、チカは考える。乾いた口内に張り付く粘ついた唾液を飲み込みながら、打開策はないかと後ろへ流れていく景色を注視した。だがやはり目に入ってくるのは似たような扉ばかり。救いの糸も抜け道も、全てを浮き彫りにする白の中には見えてこない。


「何か、無いのかい! あんたの力でこう、良い感じに足止めできるのとかさぁ!」

「あったらとっくに使ってるって!」


 生憎彼女の魔法のほとんどが攻撃型か、それに使うためのものである。目くらまし程度であれば可能かもしれないが、それもセンサーやらなんやら搭載しているであろうロボット相手に効果があるかと言われれば微妙なところだった。


 考えていて悲しくなるほどに解決策がでてこない。いっそのこと適当な扉を破壊して逃げ込もうかとも考えたが、もし先にもロボットがいたら追いかけられている今よりも状況は更に絶望的なものになってしまうだろう。けれどこのまま走っていたところで事態が好転するとも思えない。

 思考が一巡し、また考えが振り出しに戻る。勢いが衰えないロボットたちを振り返り、思わずチカが舌を打った、そんなときだった。


「――――ん?」

「何だよ! いい方法でも見つかったのかい⁉」

「いや、そうじゃ、ないんだけど」


 それは目に入ってきた光景に覚えた、針で刺す様な小さな違和感。自分たちが入ってきた廃棄された通路がどんどんと遠くなっているのを見ながら、チカはどうにか引っかかったことを言語化する。


「ねぇ、もしさ、もしザクロは泥棒が入ったら、どうす、るっ?」

「はぁ⁈ 何だよこんな時にっ」

「追い出す?」

「……そりゃあそうだろ。二、三発ぶん殴って――」

「そうだよね。異世界でも同じだよね」

「酸欠で頭がイカれたか? んなこと、考えてる場合かよ」

「だって、おかしい気がするの」


 普通、侵入者が入ってきた時に起こす行動はひとつである。捕まえて、追い出すことだ。中で暴れないように、大切な物に触られないように。

 そう考えると工場の内部に入り込んでいる今の状況は不可思議だった。この工場は人間を作る工場で、恐らく侵入者に触ってほしくないものも多いはずだ。暴れる可能性を考えれば内部よりも外で捕まえる方が安全なはず。


 それなのに、どうして今、自分たちは工場のより重要な中心部へと走っているのか。


「――何だか追いかけられてるっていうより、、みたいな」


 何故ロボットたちは前ではなく、後ろからやってきたのか。

 だが答えが出るよりも先に、目の前に変化が起きる。通路に終わりがやってきたのだ。突き当りに曲がり角はなく、あるのは薄く開いた扉だけ。追いかけられているチカ達は深く考える時間もないまま、奥の部屋へと飛び込んだ。



 それは広い部屋だった。天井はドーム球場のように高く、奥行きがある。壁と床と天井以外は何もなく、何の用途のための部屋なのかはわからない。

 まるでこの部屋に入れるのが目的だったように、いつの間にか追いかけてきたはずのロボットたちは消えていた。けれど、チカがそれに気づくことはない。その目は部屋に入った時からただ一点に向けられている。


「――ボロ?」


 部屋の真ん中に、見覚えのあるピンクのウサギがいた。

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