129、むず痒い視線

「とりあえず、上を目指す」


 そう言うとザクロは親指でビッと上を指す。


「上?」

「この工場は階層でやることがわかれていてね。上からパーツの設計、パーツ製造、完成品の組み立て、っていう順番で並んでる」


 ザクロが言うには、つまり一番上で設計した部品を下の階で作り、さらに下の階で人間として組み立てるということらしい。


「アタシたちが見つかったのは組み立て階層のちょっと上、ってとこだな。上の階層で作られたパーツを下の階で組み立てるために集められている場所さ。で、ここからが重要なんだが」


 ザクロは次の階層へと続いていく階段に視線を向けながら話を続ける。もう使われていないのであろう非常階段のような通路は、壁にジグザグに添うような形で上へと伸びていた。整備もろくにされていないのか足場部分が朽ち、ところどころに不自然な隙間を作っている。


「上で作られたパーツは専用の通路を使って保管庫に運ばれる。それ専用の取り出し口を保管庫で見たことがあるからね、間違いない」

「専用の通路って、もしかして上の階からその通路を使うつもり?」


 思惑を察したチカが口を開けば、ザクロは「わかっているじゃないか」とでも言いたげな表情で「そのとおり」と答えた。



「でも意外だな」

「何が」

「私、ザクロは『諦めて戻るぞ』って言うと思ってた」


 上を目指すという言葉通りに階段に足をかけながら、チカは思っていたことを素直に口にする。やや不安定な踏み心地ではあったが、どうにか足場としては機能しそうだ。

 正直なところ、心当たりがないと聞いた時にはもう諦めるしかないかもしれないと思っていたのだ。


「んだよ、アタシがそんな薄情な女に見えるってのかい」

「そういうわけじゃないけど、言ってたじゃん。死んでも帰るって」

「そりゃあ、命あっての物種だからねぇ」

「だから諦めろって言われると思ったの。危ない橋を渡る趣味はないって」

「アタシだって可能性が全くないってんならそう言ったさ」


 だけどね、と言いながら前を歩くザクロがちらりとチカの方に視線を向ける。その目はどうしてか歳の離れた姉妹に向けるような柔らかな赤色をしていて、チカは面食らった。何故自分にそんな視線を向けるのかと、そう思わずにはいられなかった。

 しかしその視線が向けられている先を見て、気づく。ザクロは、チカの頬についた涙の痕を見ているのだ。


「アタシは助けられるもんは助ける主義だ。じゃなきゃこんな仕事医者なんてしてないよ」

「……そう言えばザクロってお医者さんだったもんね。ちょっと忘れてた」

「何だい。アタシが医者以外の何に見えるって?」


 思い返せば泣いたり取り乱したりと、ザクロにはずいぶんな醜態を見せている気がしてきて、むず痒い空気感の中でチカは思わず軽口を叩きながら、熱くなった頬を手のひらで擦る。今の自分は酷い顔をしているのだろうということが、鏡を見なくてもわかった。


「初対面に発砲してくる頭のネジが飛んだトリガーハッピー女」


 気にしすぎだと思っても服を前後ろ逆に着た時と同じく、気が付いてしまうと恥ずかしさというのは増していくもので、チカの口からは恥ずかしさを誤魔化すためのつんけんとした言葉が転がり出る。


「……あんた、気にしてない様に見えて実は相当根にもつタイプだろう?」

「当然の印象を言っただけよ」

「まったく、変なとこでガキみたいなやつだね」


 出会った頃のような呆れ声に、内心でほっと息を吐くチカ。しかしじゃれあうようなそのやり取りこそ、傍から見れば仲の良い姉妹以外の何物でもないことに気が紛れて安心しているチカは気づかない。そして、そんな取り繕うような態度に、ザクロの視線がますますニマニマとした生温かなものになっていることも。


「……ねぇ、言ってて思ったんだけどさ」


 そんな軽いやり取りをしていた最中のことだった。ふと、チカの頭にとある疑問が浮かび上がる。

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