130、ザクロのお仕事
「ザクロってさ、普段何してんの?」
「は?」
「いやほら、あんた自分のこと医者っていうじゃん。普段どんな仕事してんのかなって」
それは彼女の自称する「医者」という職業に関してだった。テルタニスに反抗する彼女はもちろん正規な意味での医者ではないのであろうことは確かである。いわゆる「闇医者」というやつだ。
チカは頭の中に顔に手術痕を残した有名な漫画の闇医者を思い出しながら話を続ける。話題反らしのためという目的もあったが、特殊な闇医者という職業に純粋な興味があった。普通に生きてきて闇医者と真っ向から話せる機会など、中々ない。
「どんなって、別に。普通の仕事さ」
「その『普通』がわかんないから聞いてるんじゃないの。ほら、難解な手術に高額な医療費吹っ掛けてさ、その後に『お代は結構』とかしたりすんの?」
「あんた医者にどういうイメージ持ってるんだい。……そんなに面白いもんでもないけどねぇ」
興味津々のチカに対してザクロは理解ができないといった表情で首を傾げていたが、それでも答えてはくれるようだった。彼女は頼りない階段をギシギシと軋ませながら、口を開く。
「基本はボロやあんたみたいな、テルタニスのクソ野郎へ反抗する連中の治療さ。アタシらみたいなのは国の医療機関を使えないからね」
「やっぱりテルタニスに目を付けられてると病院とか使えないんだ」
「医療機関だけじゃない。国の施設は基本テルタニスの息がかかってるから、菓子のひとつ買うのだって大事さ」
忌々し気に言い捨てるザクロにチカは巣の中の古びた設備や、縛ったパイプの骨組みが剥き出しになった、お世辞にも寝心地が良いとは言えないベッドを思い出す。やはりテルタニスに反抗する人間に待っているのはずいぶんな仕打ちのようだった。
この国の表はあんなにも整然として物も人も溢れ、住みやすそうだというのに、見えない地下部分は酷く混沌としている。一度見た表通りが清潔で美しかった分、その影がより濃くなったように思えて、チカは顔を顰めた。
話していたら当時の怒りを思い出してきたのか、ザクロも眉間に皺を寄せながら言葉を続ける。
「この国はあいつと一緒さ。善人ぶっちゃいるが、腹ン中は真っ黒だ。そのせいで今まで何人泣きを見てきたことか」
「地下以外でもザクロみたいにテルタニスが嫌いな人っているの?」
「機械化の影響が少ない奴や施設から逃げ出して隠れてる奴はそこそこいる。ボロみたいな大所帯の方が普通は珍しいのさ。集まるだけで見つかるリスクは跳ね上がるからね」
そう言いながらザクロはやれやれといった表情で肩を竦めた。
「その上、あいつは施設から逃がすための手助けまでしてた。見つかってないのは幸運だよ、まったく」
その話にチカは目を見開く。反抗しているのは地下の数少ない自分たちだけで、地上はテルタニスを信頼している人ばかりだと思っていたのだ。だが、ザクロの話によればどうやら現実はそうではないらしい。見えないだけで、自分たち以外にもテルタニスを快く思わない人間はいるようだ。
自分たちだけじゃない、それがわかっただけでチカはどこか心強いものを感じていた。
「ま、それだけあいつのやり方は敵を作ってるってことさね」
そう言うとザクロはちらりと階段の隙間から煌々と工場の明かりが漏れる様を見下ろす。話している間にもずいぶんと上まできたようで、少し前まで歩いていたはずの通路が遠くに見える。
真っ白な明かりで照らされた工場内部と、その内部から隠されるように存在する古ぼけて暗い通路。それはまるでチカが見た地上と地下の対比を表しているようだった。
「アタシはそういう連中がいざって時動けるように色々と手を回してんのさ。事を構えるってんなら、人手は多い方が良いだろう?」
「パーツを持ってきたりとか?」
「そういうこった」
チカの言葉に軽く相槌を打ちながら、ザクロは一足先に目的の階へと階段を上り切る。結構な高さだからか、足元からは風が唸るような音が聞こえてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます