127、効率的な人間の動かし方

「……お茶会?」

【はい】

「正気か?」


 そう聞かずにはいられなかった。AIに正気なのかと尋ねるのもおかしい気がするが、目に入ってきた光景はその言葉が疑問なく口から出てくるくらいには異様だったのだ。


 ボロとテルタニスを囲む、無数のぬいぐるみ。その造形はボロが着ているような過去に存在したという動物のものから、生き物をモチーフにしているのかもわからないものまで様々な種類がある。

 ただ共通点として、どれもが青いボタンの目をつけて、テルタニスと同じように真っ白な生地で作られていた。そして、ボロの前にあるのと同じカップが彼らの前にも置かれている。中身もきちんと入っているのか、そのどれもから湯気が上がっていた。

 当たり前だが、それが減った様子はない。飲む相手のいない紅茶の入ったカップは、ただ甘い匂いを周囲にまき散らしている。


 すべてが真っ白の中では彼のピンクの毛皮の方が異物であるように思えて、その中の白猫の青色と目が合った瞬間に、ボロは思わず視線を逸らす。テルタニスが声を上げたのはちょうどそのタイミングだった。


【正気か、とは】

「……いや、いい。どうせ聞いても時間の無駄だろうからな」

【そうですか。疑問が解決したのなら、それはなによりです】


 変わりない声で言うAIに、ボロはやはりこのAIは狂ったのかと考える。ぬいぐるみに紅茶を用意するのも、反抗者を客人のようにもてなすのも、ボロが知っているこの国の支配者からは考えられない行動だった。


 ボロが知るテルタニスは反抗する者を許さない、国の絶対的な存在だ。自らに従う機械化を義務化し、多くの人間を支配下に置いている。事実、このAIが一声告げれば、それこそ国の大多数の人間がテルタニスのために行動するだろう。

 それがどうしてか反抗者であるはずのボロをもてなしているという状況は、普通では考えられない事態だ。


 狂ったのか、故障したのか。それとも前提が間違っているのか。自分は自身をテルタニスと思い込んだ別種のAIの遊びに翻弄されているのではないか。

 奇妙な現実に、いくつもの「もしかして」が浮かんでくる。だが、そのどれもが明確な確証を得ることができないままだった。


【では、お分かりいただけたということで。紅茶をどうぞ、ウサギ様】

「……お前まさか、本気で自分のことをぬいぐるみだと思っているわけじゃないだろうな」

【そのような格好をしているのですから、あなたはウサギのつもりなのでしょう?】

「別にウサギのぬいぐるみになりたいわけじゃない」

【そうでしたか。では、紅茶をどうぞ】


 そう言ったところで、大した反応は返ってこない。テルタニスは淡々と紅茶を勧めるだけで、お茶会をやめようとはしなかった。ボロの中で膨れ上がった疑問は、徐々に呆れへと変わっていく。

 答えのない反応と意味の分からない停滞した状況に、ボロは真面目に向き合っているのがだんだんと馬鹿馬鹿しくなってきていた。


「生憎、こんなままごとに付き合っている暇はないんだ。遊ぶだけなら、帰らせてもらう」

【お茶を飲んではいかれないのですか?】

「飲まない。のんびりと楽しんでいられるほど、余裕じゃないんだ」

【――私の戯れに、付き合うことは出来ないと?】

「ああそうだ。自分にはやることがある」

【そうですか。遊んではいただけないのですね】

「そうだ」

【それは、残念です】


 何も進展がないのなら、何時間いようと何杯紅茶を飲もうと無駄なことだろう。ボロはそう考えながら痛む身体をどうにか動かし、出口はないかと辺りを見渡す。一瞬テルタニスが追って来るかもしれないと思ったが、それでも意味のないお茶会につきあって時間を無駄にするよりはましな気がした。

 チカは、ザクロは無事に逃げられただろうか。そう考えながらボロはぬいぐるみの海から逃れるべく、車輪を回し始める。


【人間を効率よく動かすためには、理由が必要です。動く理由が無ければ彼らは動かないことを、私は学習しました】

「……」


 唐突に始まったそれは、ひとり言のようにもこちらに言っているようにも聞こえたが、どちらにしても自分には関係のないことだ、とボロは引っ張られた思考を前へと向ける。付き合わないと決めたばかりだというのに驚きに思わず止まってしまった足を叱咤して、ボロは再び車輪を動かし始めた。


【考えたことはありますか。何故、あなた方は地下に隠れていられるのか、と】

「――――」

【見つかっていないのではなく、だと。そうは思わなかったのですか?】


 だが、続けて聞こえてきた思わぬ言葉にボロは固まり、息を呑む。その言い方は、まるでボロたちの隠れ場所など初めからわかっていたとでも言いたげで。


【あなたの無力なお仲間が本気で見つかっていないとでも考えていましたか、カイン。……今はボロ、と呼ぶのが正しいのでしょうかね】

「お、前――――」

【ベルに泣かされてばかりだったあなたが集団を率いる身になるなんて。何が起きるかわからないものです。ああ彼女も、今はザクロというのでしたね】


 耳を打つのはボロでもウサギでもなく、テルタニスが決めた過去の名と、ザクロの名。けれどその名前で呼ばれたことよりも告げられた内容の衝撃に、ボロは凍り付いた。


 隠れられる、安全な住処のはずだった。無力な住民も、ここであれば大丈夫だと。


 しかしそれが誤りであったと気づく。安全だと思い込んでいたのは自分たちだけで、ボロたちは、初めから何もかもバレていたのだと。全ては支配者の手のひらで、自分たちはその慈悲を貰っていただけに過ぎないのだと。


「どうし、て」

【『見逃したのか』ですね……珍しい出来事でしたので、今後のデータのために経過を観察していました。それだけです】

「――――は」

【ですが、それも終わりです】


 支配者は言う。神のような尊大な口調でボロの言いたいことをくみ取って、告げる。


【あなたと同じように私もこの停滞に、飽きてしまいましたから】


 それはとても静かで、けれど残酷な神からの罰の宣告。

 表情など無いはずの球体に、ボロはどうしてかか歪な笑みを見た気がした。

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