126、ぬいぐるみのお茶会
【何を、とは何でしょうか】
「言葉そのままの意味だ。何を考えて、お前はこんなことをしている」
相手をテルタニスと考えた瞬間に、ボロは幻覚の可能性を考えた。死の間際、自分の脳が勝手に作り出した幻なのだと。けれど甘ったるい匂いが、布越しに感じられる温度が、その考えを否定する。
しかし現実だとしても、分からないことが多すぎた。どうしてテルタニスは自分の目の前に現れた上に、紅茶を勧めているのか。
【――冷めますよ】
「何か狙いがあるのか」
【冷めたら、美味しくありません】
「…………本当に、何を考えている」
だがボロの疑問に、テルタニスが答えることはない。そんな疑問など、どうでもいいと言いたげな態度のままAIは紅茶を飲むように促すだけで、ボロはその対応にますます困惑した。
ボロとテルタニスは敵対関係だ。少なくともボロは機械化の真実に気づいてから、テルタニスのことを好ましく思ったことはない。一度でも友を歪めた機械化手術におぞましさと怒りを覚えたあの日から、テルタニスを「敵」と認識した。人格を変える手術を強制的に受けさせる、そんな恐ろしい仕組みを国のシステムとして生み出したテルタニスは、ボロにとってのわかりやすい悪だった。
だからボロは出来る範囲のやり方でテルタニスに抵抗していた。友と同じ目に遭わせないよう機械化前の人間の逃走を手引きして、少しでもテルタニスに疑問を感じた者を守るために受け入れた。些細な積み重ねではあるが、それがいずれは神の心臓に届くと信じて、地下に潜み続けたのだ。
だが、それがどうしたことだろうか。ずっと敵だと定めていた対象は、のこのこと死にかけていた自身の前に姿を現し、あろうことか暢気に紅茶を振舞っている。
まるで客人のように接してくるテルタニスに、ボロは奥歯を噛みしめた。
「それとも、なんだ。お前にとって自分たちは気づくに値しないほど矮小な存在なのか」
友好的とは到底受け入れられそうになかった。むしろ自分の存在を貶められているとさえ感じた。神にとっては自分たちの必死の抵抗など隅に溜まる埃のようなもので、目に入ってすらいないのだと、そう告げられているようで。
侮られているのだ、とボロは思った。瞬間、身の内を火が舐める様な憤りが頭を沸騰させ、喉までせり上がって来た言葉が、呼吸を浅くさせる。それは普段は取りまとめ役として感情を抑える彼が感じた、初めての目の前が赤くなるような怒りだった。
「……お前は、一体どこまで馬鹿にすれば気が済むんだ」
ボロは慣れない声の出し方に喉を震わせながら、きつい眼差しで目の前に浮かぶ球体を見据える。目に入ってくるもの何もかもに苛立つような攻撃的な感情が吹き荒れていた。
【どうして、と言われましても。私はただお茶会を開きたいだけなのです】
しかし次の瞬間、聞こえてきた内容に彼は鋭くしていた目を丸くする。
「……は?」
【馬鹿になど、する理由がありません。だって――】
馬鹿にするような意図は感じられず、それどころかあどけなさすら覚える声。それを耳にしたボロは、思わず憤っていたことも忘れてテルタニスを凝視した。だがそこには変わらない球体が浮かぶばかり。
そして怒りを跳び越す驚愕で目を思い切り見開いたせいか、はたまた想定外のことすぎて頭が冷えたせいか。狭まっていた視界が開け、ボロはそこで初めて自身の周りに気が付いた。
【ボロボロのピンクのウサギ様。あなたはお茶会のお客様ですもの】
ティーカップが添えられた見渡す限りのぬいぐるみ。それに自身とテルタニスが囲まれていることを。
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