125、紅茶クイズ

 ボロは頭の中で記憶している声と、聞こえてきたその声を比べていた。突然彼に話しかけてきたそれは記憶しているものとよく似ている。抑揚も、ガラスを叩いたような性別を感じさせない音も。

 だが、ボロが記憶しているその声の持ち主は、自分に対して「お茶が冷める」なんてことを言うようなタイプには思えなかった。


【花のような香りがするでしょう】


 しかしそんな混乱するボロを置いて、相手は勝手に話を進めていく。こちらに対して怒っているわけでも喜んでいるわけでもない、ただ同じ音程を繰り返す様な淡々とした話し方が不気味だった。何を考えているのかがわからない、底の見えない恐ろしさ。

 ボロは鋭い視線を相手に向け、そんなふたりの間を場違いなねっとりとした甘い香りが漂う。


「お前は」

【この国には紅茶が、あります】

「……」

【嗜好飲料として他の茶葉はありません。紅茶だけがあります】

「……」

【何故かわかりますか?】


 何故、紅茶しかないのか。

 突然の問いかけだった。ボロは驚きをピンクの毛皮の下に隠しながら、相手と目の前に置かれた湯気の立つ紅茶を見比べる。


 嗜好飲料の種類のことなど、考えたこともないことだった。それ以外のことで手一杯だったからだ。他にやることが多すぎて、目を向ける余裕もなかった。

 そもそも地上の人間のように優雅に紅茶を楽しむ時間など、地下で隠れ住むボロたちには存在しない。嗜好品よりも生きることの方が当然優先順位は上だからだ。

 好みよりも飢えをしのげるものを、と考えてきた。


【わかりますか?】


 相手がもう一度、確認するようにボロへと問いかける。だが何も答えなかった。


 どうして自分はここにいるのか。どうして相手はこんな質問をする必要があるのか。


 生きることばかりに必死だったボロに紅茶だけの理由など思い浮かぶわけもなく、ただ現状への疑問ばかりが浮かんで頭を満たしていく。


 沈黙が数秒になり、一分になり、数分になって、そしてちょうど十分ほどになったころ。相手はようやくボロに答えがないことを理解したらしかった。

 相変わらずその声に抑揚はないが、相手はどこかがっかりとしている様にも思えるトーンで、答えを言う。


です】


 開けてみればそれは実に簡単で、暇つぶしに考えたずるいクイズの回答のようだった。だが、国の嗜好品というその規模は、決してそのような可愛らしいものではない。

 ボロは相手の好みというだけで選ばれた紅茶に目を落とし、そして目の前に再び目を向けた。布と毛皮に隠れた形相に、相手が気づいている様子はない。


「……お前に嗜好品の好みなんてあるのか」

【もちろん。これは私が一番好みの香りのものです】

「……お前の好みだから、なのか」

【はい】

「そうか。たったそれだけの理由で、か」


 ボロはその答えに改めて認識する。ボロが、そしてその仲間が暮らすこの国は支配されているのだと。

 好みだからというだけで紅茶以外の茶葉が存在せず、従うための手術を生まれたときから強要される国。


「お前は一体、何を考えているんだ。……テルタニス」


 ボロは浮かぶ白い球体を睨みつけながら、ずっと浮かんでいた名前を口にする。機械化で人間を従わせ、嗜好品のひとつに至るまで支配する。神の如きAIの名を。

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