ぼやけた暗闇のお茶会
124、目を開けたらティーカップ
※※※
音が聞こえる。遠くに、小さな物音が聞こえる気がする。
薄く目を開けた。視界は開けるのを想定していなかったかのように定まらず、映るものはどれも輪郭がぼんやりとしていてわからない。うっすらと見える「何か」と暗闇が溶け合っているような、抽象画のような曖昧な光景だ。
動いて周囲を確認できれば良かったが、どうにも身体が重かった。指の一本すらも石になってしまったかのようで、硬く強張って動かない。唯一出来ることは転がった状態で、周囲に目を向けることだけだった。
根気強く二、三度と瞬きをすると、ようやく視界にはっきりとした線が戻ってきた。暗闇に滲んでいた物体がようやくその姿を現し始めたのを見て、それに注視し、輪郭を辿る。
それは思っていたよりも目の前にあった。白く、柔らかな曲線を持っている。闇と白との境目には金色の線が引かれて、光っていた。そして同じ金色の耳のような形をした、輪のなり損ないのような物が横にくっついている。
カップだった。ティーカップだった。
白地に金の縁取りと持ち手がついた、品のいいティーカップが同じく金の縁取りがされたソーサーの上に乗せられて、飲み口をこちらに向けている。中身は琥珀色の液体のようで、それを見てようやく自分が下向きでも横になっているわけでもなく、ちゃんと頭を上にしていることに気づいた。
曖昧な意識の中で見た幻覚、ということも考えたが、それにしてはカップは暖かく、匂いもある。
「…………ここは」
ついさっきまで話していたはずなのに、数千年ぶりに声を出したかのような掠れた音が喉を震わせる。チリチリと、引き攣るように痛みが走って軽くせき込んだ。
だが、その痛みのおかげでかえって現実感が戻ってくる。まどろみの中から起き上がり、軽く頭を振った。緩く巻き起こった風で湯気が揺らぐが、目の前のカップがなくなることはない。
「ここは、どこなんだ」
誰に問うでもなく、自然と思ったことがこぼれ落ちる。何もわからなかった。落ちていたはずの自分が今いる場所も、置かれたカップの意味も、何ひとつ。
「自分は、どうして、どうなって」
答えるものは何もないのだろうと考えていても、口は止まらない。ただ疑問ばかりが浮かんで溢れていく。返答が返ってこない虚しさよりも、虚空に話し続ける滑稽さよりも、不安が勝った。何もしていないと、あの暗闇の中に再び意識が吸い込まれてしまう気がした。
問いかけ続ける。他でもない自分自身に、不安をぶつけ続ける。
「どうして、自分は、生きている?」
【お茶が、冷めてしまいますよ】
けれどその時、突然自分以外の声が聞こえてきて、カップと己の状況ばかりに目がいっていたボロは、そこでようやく自分以外の誰かがいることを認識する。
カップを挟んだその先の、声が聞こえてきたうすぼんやりとした空間に目を凝らす。そこでボロは気づく。ずっと黙っていたらしいその人物は、どうやら人の形をしていないようだった。
そこには頭部らしきでっぱりもなく、腕らしきものの影も、足らしきものの影も、そのどちらも無い。彼のようにあったものを無かったことにしたわけでもなさそうだった。初めから何も存在していなかったかのように、それはつるりと丸い。
【お茶が、冷めてしまいますよ】
カップと同じ白色で丸い「誰か」は、驚くボロの反応などさして気にしていない様子で、まったく同じ声色で、同じ言葉を繰り返した。
カップの中身と違い、そこには温度らしいものは何もない。
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