122、気づいてしまった気持ち
「……」
「……おい」
「……」
「……おいってば」
「……」
「何とか言えって! 話せっつったのはお前だろうが!」
正直な話、チカは想定外だった。何というか、もっと重い話題が来ると思っていたのだ。それこそバックBGMに昼ドラの音楽が似合う、裏切っただの何だのと言葉が続くような、ドロドロの感情を覚悟していた。頭の中に話半分で聞いていた「道子おばさんの昼ドラレビュー」の内容を引っ張り出して、何を言われても動じない様にと心構えまでしていた。
それが、どうしたことだろうか。
チカはジッとザクロを見て、それからしばらく上を向いていた。そして何も言わない自身に焦れたように噛みつくザクロの声を聞きながら、肺の中のものをすべて吐き出す様な、長い長いため息をひとつ。もしもチカが喫煙者だったなら、今頭上にはそれこそ積乱雲のような煙が漂っていたことだろう。
そしてずいぶんな間を置いてから、チカはぽつりとこぼす。
「…………少女漫画?」
「は? 何言ってんだお前」
「いやあまりに想定外の返しすぎて」
怨嗟ドロドロの音楽から一転、頭の中に鳴り響くのはアニメ化した少女漫画のオープニング。花がきらめき、青春と希望を思わせる明るい旋律がチカの中で繰り返し流れていた。夕方、おやつの時間に見ていたそれを思い返しながら、チカは視線を再びザクロへと戻す。
あんなにも冷たい声で「変わった」だの「いなくなった」だのと言っていたのに、その理由をこぼす口調は、まるで友達が見せた知らない一面に拗ねる子供のそれで、それを見たチカの口からは素直な感想が転がり出る。
「……なんていうかさあ」
「んだよ」
「ボロのことすごい好きじゃん」
「――――は?」
「いやだってさ、つまりあれでしょ。ザクロは一緒に戦う気満々だったのに勝手に蚊帳の外にされたから拗ねて――――」
しかし、チカが思ったことを全て言葉にし終える前に、拳が飛んだ。突然眼前に迫りくる巨大なそれを、チカは咄嗟に横へ飛ぶようにして躱す。
拳は勢いを殺せずに、そのままマネキンの山へと突っ込んだ。ガラガラと積み上げたパーツがばら撒かれ、壁が振動する。
「あっっぶな! ちょっ、何すんのよ⁈」
「……す」
「は? 何?」
「殺すっ! お前は今すぐここで殺すっ!」
何をするんだと顔を向ければ、そこには噴火寸前の火山のような形相をしたザクロがいた。自分でも言われて今初めて気が付いたのか、赤い目は驚いたように見開かれ、羞恥心からか、それとも言い当てられた行き場のない怒りからか、肩が震えている。
それを見て、チカは確信を得た。
「うわ顔真っ赤。やっぱ図星なわけか」
「うるせ――――っ!」
やっぱり当たりか、とチカが言えばやけくそだと言わんばかりの声量で吠えるザクロ。その音だけで、ビリビリと部屋全体が振動する。しかしそこまでは図星を突かれた可愛い反応だと言えなくもなかった。真っ赤な顔も全てを有耶無耶にしようと張り上げる大声も、照れを隠す防壁に過ぎないと。
だが、照れ隠しに飛んでくる拳はどう考えても可愛いの範疇を超えていた。
「あぶっ、ちょっ、暴れな、いでっ、ってば!」
「うるせぇっ! 消せ! 今すぐ今言ったこと忘れろ!」
「いやこんな衝撃の事実なかなか――――うわっ⁈」
ドゴンバゴンと拳が振るわれ、壁に衝突する。そのたびに衝撃でマネキンのパーツが吹き飛び、このままではマネキンに生き埋めにされそうな勢いだ。チカは暴走する拳を何とか避けながらザクロの静止を試みるが、ザクロはザクロで気づいてしまった己の気持ちに混乱しているらしく、その暴走はすぐに止まりそうもない。
どうにか落ち着かせなければとチカは言葉を探すものの、そう考えている間にも彼女の記憶を衝撃で消し飛ばそうとザクロの拳が迫ってくる。
「いいからっ、忘れろ――――‼」
そしてザクロの渾身の一撃が飛び、チカが躱した瞬間だった。今までとは少し違う、バギャンッ、と何かが破裂した様な音が響き、そして――
「……ちょっと」
「……」
「穴、開いたんだけど」
出られないと思っていた部屋に、ザクロの拳大の、穴が開いた。
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