102、人の話は聞きましょう

「で、さあ」

「ッ!」

「あんた、何?」


 女の意識がこちらを向くのを感じ、チカは身構える。 

 チカが腿に力を籠めるのと、女の赤い目がぎょろりと動いたのはちょうど同時。ガアンッ、と女のヒールが機械化した男の足を砕く音を合図に、両者が動く。


 まずチカが動いた。両足をばねのように使って宙へと飛び上がる。すると女は飛び上がったチカに向けてぴゅうと口笛を吹き、明るく弾んだ声で言った。


「へえ、やるねえ! 普通気づかないもんだってのに」


 途端、女の後ろで複数の小さな明かりが点滅したかと思うと、ドガガガッと音を立てチカの立っていた場所へ銃撃が浴びせられる。ご丁寧に十字を切るように撃ち込まれた弾丸の軌道の殺意に、チカは額に冷汗を浮かべた。もし初動の僅かな点滅に気が付かなかったら。そんなこと、考えたくもない。


 女には躊躇が無かった。人を傷つけることにも殺すことにも、一切のためらいが感じられない。まるでそうすることが当たり前とでも言いたげに、女はカラリとした笑いを浮かべる。


 燃えるような赤が目を引く、長身の女だった。きつめのはっきりとした顔立ちは華やかで、その容姿を例えるなら芸能人かテレビで見るお騒がせセレブといったところだろうか。それもロボットのような手足の改造部分と、ボロボロの白衣を見なければの話ではあったが。


 女は人間の肩には似合わない、かろうじて指の様な構造が手に見えなくもない無骨なロボットアームを器用に使って自身の赤い髪をかき上げると、同色の目を観察でもするかのように鋭く、チカへと向ける。


「機械化、してるようには見えないけど。腹か心臓にでも隠してるのかい?」

「っ聞いて、戦いに来たわけじゃない!」

「またまたぁ、んな殺気立ってるくせに。穏やかに話し合おうって顔かよ、それ」


 チカが話をしようと距離をとって下り立つと、女のヒールを模したロボットの踵がまたカツンと地面を打つ。その瞬間、またも女の足元で何かが一斉に点滅したのが見えて、チカは慌てて壁を蹴った。


 どうやら落ち着いて話をさせる気もないらしい。チカは飛び込むようにして通路の遮蔽物に身を隠す。隠れ終わる間際に再び鳴り始めた激しい銃撃音を聞きながら、チカは容赦のない女に文句を言うべく声を張り上げた。


「ちょっと、聞けって言ってんでしょ⁈」

「うーむ、二度も避けるってこたぁまぐれじゃないか。まだまだこいつらにも調整が必要だねぇ」


 だがチカの怒号にも女はどこ吹く風だった。顎にアームの指部分をあてると、何かを考えるように首をひねっている。


「ま、来てもらったところで悪いが、あんたのお仲間は全員オネムの時間だ。で? あんたは何だい。あいつテルタニスの新作か?」

「仲間じゃない! ……人を探してるの」

「ふうん? 通りすがりって言いたいわけかい。ただの通りすがりが、アタシの可愛い掃除ロボの弾を躱したと。なぁるほど?」


 女は再び首をひねる。だがそれが真面目に悩んでいる動作でないのは、芝居がかった梟のような仕草ですぐにわかった。魔法少女としてそこそこ場数を踏んできたチカにはわかる。あれは碌なことを考えていない人間がやる仕草だ。


 そして首を元の位置に戻すと、女は大きな口を耳まで裂けんばかりにニイっと三日月に歪め、空気を弾くような特徴的な笑い声をあげながら目を大きく開いて言う。


「カカッ! 嘘が下手な嬢ちゃんだ! テルタニスの奴、相変わらずクソ下手なプログラミングしかしねぇなぁおい!」


 悪い想像は当たった。やはりチカをテルタニスの仲間と決めつけたこの女、初めからこちらの言い分を聞く気など一切ないらしい。


「ま、いいか。どこに隠してるのか探すのもまた楽しみってやつだ」

「ねえ、私本当に人捜してるだけなんだってば――!」

「諦めなぁお嬢ちゃん。アタシにバッタリ会っちまったのが運の尽きさ!」


 話を聞くどころかこちらを解剖する気満々の女の言葉にチカは叫ぶ。だがそれは女の喜びとも興奮ともつかない声に掻き消されていった。

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