苛烈な赤
101、その髪は赤々と燃えて
「……ボロ、ちょっと待ってて」
紙一重で衝突を回避したチカは、壁の影になる場所にボロを下ろすとステッキを取り出す。飛んできたものをちらりと一瞥するが、その視線はすぐさま角の奥へと向けられた。警戒にチカのオレンジの目がキュッと細まる。
「チカ、今のは」
「うん、人だよ」
自然な動作でブローチへと手を置いて流れるように身体を魔法少女の装束に包みながら、チカは足元からの声に答えた。そんな彼らのやり取りに反応するように、つい今しがた飛んできたものがうめき声をあげる。
派手に壁へと突っ込んだそれは確かに人間だった。両肩から指先にかけて機械化したらしい腕は煙を上げ、でたらめにひしゃげている。強い衝撃に話すことも難しいのか、「あぁ」だの「うう」だの、時々思い出したように発する声が痛ましい。
もしゴミ捨て場でチカたちを襲った連中と同じ服装でなければ、助け起こすくらいはしたかもしれない。
チカはピリリと空気が張りつめるのを感じながら、角の奥へと目を凝らす。暗くて完全に捉えることはできなかったが、それでも一瞬、影の中で何かが泳いだのを魔法少女は見逃さない。
確かにあの奥に何かがいる。人を壊し、吹き飛ばすような何かが。
「……すまない。気を付けてくれ」
「わかってる。ボロはここ見張ってて。こいつを迎えに誰かが来るかもしれない」
「承知した」
申し訳なさげに話すボロに短くそう言い残すと、チカはそろりと角へ足を踏み入れた。警戒態勢に移った獣のように足音を立てず、柔らかなフリルとは反対に緊張の糸をピンと張りつめさせながら、チカはあまり広くない通路の奥へと進んでいく。その目は暗闇をチラチラと泳ぐものから決して離れない。
飛んできた人間の見た目から、「テルタニスの手下ではない」という確証だけがあった。仲間割れの線ももちろんあるが、恐らくテルタニスに対しては好意的でないのだろう、とチカはさっき飛んできた手下を思い浮かべながら考える。
じっくりと観察したわけではない。しかし、それでもわかる程度に機械化した部分だけが徹底的に壊されていた。もちろん痣や軽く切った程度の流血など肉体的な傷がないわけではなかったが、パッと見てもわかる程度に機械化部分への攻撃の痕跡は執拗だったのだ。
まるで本人ではなく機械化部分にだけ、恨みがあるとでも言いたげに。
チカはごくりと唾を飲み込んで、この先に待ち受けるものへ息を潜めながら前へと進む。先に待っているのは自分たちと似た境遇の者か、それとも恐ろしい罠の類か。
と、その時だった。
「――――う、わッ⁈」
「カカッ! ざまぁみろテルタニスのガラクタ共!」
いきなり目の前へ飛んできたに背中に対し、チカは反射的に壁へと身体を寄せる。どうやらまた人間が飛んできたらしい。飛んでいったそれはさっき見たもうひとりとぶつかって、再び大きな衝突音を響かせる。
そんな人間発射地点から聞こえてきたのは、実に快活な笑い声だった。
暗闇に目が慣れ始めたのか、ぼんやりと通路の奥に人影が浮かび上がる。何人かが折り重なるように地面へと倒れ、その中でたったひとりがその場に蹲りながらも顔を上げていた。
「ぐっ……! 貴様、こんなことをしてタダで済むと――」
蹲った男が通路の奥へと吠える。後ろを見ていて顔は見えないが、声色だけで悔し気なことがわかる。きっとその表情は苦虫を嚙み潰したようなのだろう。
「下っ端ってのは頭のカラーリングしかバリエーションがねえなぁ。掃除ロボの方がまだ会話が弾むっつーの。……テンプレしか言えねぇならアタシが脳みそ詰め替えてやろうか」
だが、その渾身の吠えも女の声に畳みかけられる形で押しつぶされた。太く張りのある声色には舞台女優のような迫力がある。
女が言葉を切ると、奥にゆらりと火が灯った。それがカツカツと足音を立てて近づいてきて、チカは火だと思った赤色が近づく誰かの髪だと気づく。
「アタシに言うこと聞かせたきゃさぁ――お前らのご主人様でも連れてこいよ、ポンコツども」
カツン、とヒールを打ち鳴らし、暗闇の中から燃えるような髪色をした女が浮かび上がる。その堂々とした立ち振る舞いは、まるで通路の番人のようだった。
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