100、言わねばわからぬ、当たり前のこと

「何、とは」

「いや、怖がられて当たり前じゃん。怖いに決まってんじゃん」


 いきなり言葉を畳みかけられてボロは少々面食らった様子だった。だが長く空いた沈黙にもひるまず、チカは説明という名の懺悔の間、ずっと言いたかったことを並べ立てる。「何みたいな話し方してるの?」と。


 本人にそのつもりはないのかもしれない。だが、チカにはそう聞こえたのだ。ふわふわもこもこの毛皮の中から「仕方が無かった」とか「やりたくなかったけど、あいつのためにやるしかなかった」なんて言葉が聞こえてくるようだった。


 実際のところ、目の前で友が変わってしまったボロは広く見ればテルタニスの被害者だ。しかし、一連の流れを聞いただけのチカは、ボロより事故で手足を失くした上、新しい手足を友人に破壊されたザクロの方が気になって仕方がなかった。


「……そうだな。だが、これしか方法はなかった」

「でもさ、いくら説明したとしてもいきなり壊すのはないって! 怖すぎるでしょ!」

「いや、説明はできなかったんだ。テルタニスに支配されている間、あいつは自分の話を信じようともしなかったからな」


 当時のザクロの心境はどんなものだったのだろう。友と思っていた相手に囲まれて、有無を言わさずに身体を壊されて――と、そこまで考えてチカは身震いした。他人の心情を完全にわかるなんてできないが、それでも相当に怖かったであろうことはよくわかる。チカ自身、もし自分が広美に同じことをされたらと想像するだけで冷汗が流れるのだ。しかも、状態的に難しかったとはいえ説明もしていないときてる。


 だがそこまで考えて、彼女はボロの言葉に「まてよ」と嫌な考えを思いつく。


「え、待って。じゃあ壊した後は? テルタニスが原因で仕方がなかったって」

「……あの後は部屋に籠ってしまって、取り付く島もない状態だった」

「……せめて謝ったり」

「…………顔を見せるなと言われてしまって」


 そして当たってしまった嫌な考えにがくりと項垂れた。一瞬でも「いやいやそこを疎かにするほどボケては」と考えてしまった自身をチカは殴りたくなった。


「だがあいつは敏い奴だ。恐らくは自分の狙いにも薄々気づいていたはず」

「……あのさ、人間、言わないとわからない生き物なんだよね?」

「しかしあいつは」

「『言わずともわかっていただろう』とか言ったら落とすから」


 そう言ってチカが腕を少し緩めれば、ボロは続きの言葉を毛皮の中に引っ込める。チカの嫌な想像は恐らく当たっていた。やはりこの男、何の説明もしていないのだ。チカは深く深くため息を吐き、その勢いで抱える毛玉の毛並みがわさわさと揺れた。

 何も言っていないならザクロは逃げて当たり前だ。何もわからないのだから。


 ボロの真意に気づくのはいつだって出来事の後だ。チカが巣に入るのを拒んだときも、ジュリアスに近づくのを拒否したときも、ボロの考えがわかるのはすべて終わった後。それまで誤解されていたとしても、ボロはそれを否定しようともしない。


 薄々気づいてはいたが、要はこの男、圧倒的に言葉が足りない。



「……あのさ、ザクロって人、すっごい怖かったと思うよ」

「……ああ、だからそれは申し訳なかったが」

「友達が何も言わないなら、なおさら」

「……」

「そりゃ怖いよ。逃げて当たり前だよ。何されるかわからないんだから」


 多くを語らないのも誤解を解かないのも、嫌われたとしても最終的に伝わればいい、というボロのスタンスなのかもしれない。けれどそんなのされた側からすれば知ったこっちゃないのだ。しかも事故に遭った際にすぐに駆け付ける程の間柄だった友人なら、そのショックはどれほどのものか。


 チカは心なしか項垂れてしまったウサギを抱え直しつつ、話を続ける。


「でさ、嫌われたまんまなんでしょ」

「……ああ。恐らく」

「じゃあ、会ったらまず謝ろう」

「だが、あいつが聞くかどうか」

「聞かないから言わないんじゃ謝る気があるかも分からないでしょ」


 「言わなきゃ何もわからないだろう」と、言い聞かせるようにそう言えば、腕の中で微かだがコクリと頷いた感覚があり、それを受けてチカはボロに言われた方向へと歩くスピードを速める。持ってくるべきはウサギのぬいぐるみよりお詫びの菓子折りだったかもしれない、なんてことを考えながら。



「で、件の友達はこっち?」

「あ、ああ。闇医者の最後の目撃例はその角を曲がった先、その一番奥だ」

「りょーかい。じゃ、さっさと会って」


 だが角を曲がろうと踏み入れかけた足を、チカは危機を察知した獣のような素早さで即座に引っ込める。戦いの前のようなひりついた空気を感じた瞬間に足が動いたのだ。この奥から何かが来る、と魔法少女の勘が告げている。


 そして、その瞬間だった。チカがつい今しがた曲がろうとした角の奥から、「何か」が吹っ飛ばされてきたのは。

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