99、彼がやらかしたこと、その反応

「破、壊? それって」

「文字通りの破壊だ。自分があいつの両手足を使い物にならなくした」


 淡々と告げられる事実にチカはごくりと唾をのんだ。肉体を表す言葉に破壊という単語は似合わないはずなのに、機械化があるこの世界だとしっくりするような気さえしてくるのが不思議だった。


「……ボロがそれだけやったってことは、何か理由があるんじゃないの」

「ああ、自分はそれが正しいと思ったからやった」


 破壊という暴力的な響きとは反対に冷静なボロの発言を聞いて、一体これから会いに行く人物とボロがどういう関係なのかますますわからなくなる。何がどうなればそんな結果にたどり着くのか、まったく想像がつかない。


「あれは不慮の事故で、あいつが両手足を失くしたときだった」


 そう考えて首をひねるチカに対し、ボロは静かに話し始める。柔らかな蛍光ピンクの毛皮と落ち着いた声が妙にミスマッチだった。


「あの頃はまだ今のように車の完全自動化が出来ていない頃でな」

「交通事故だったの?」

「ああ。……あいつを轢いたのは、まだ決定権を人間が持っている車両だった」


 自動化が進み、手動化が無くなりつつあった時代の狭間。ボロの知り合いを襲ったのはそんな最中に起きた事故だったという。半自動化車両の起こした事故は人間の判断力の甘さと不完全さを浮き彫りにしたとして、大々的に報じられた。


 そしてその一件は結果的に「完全自動化派」への追い風となり、延々と続いていたニュースの討論を終結へと導いたのだとボロは語る。「AIに完全に任せるのはシステム的に危険だ」と、叫んでいた討論者は、この事故をきっかけに次々と黙っていったのだと。


「だが正直、そんな世間のことなど当時の自分にはどうでもよかった。ただザクロの無事を案じて、病院に走って……そこで見たものに驚愕したよ」


 ザクロは元々機械化が少ない状態で施設から出てきた珍しい人間のひとりだった。だがボロが病室を訪れたときには、右腕肘から指先までだったはずの機械化は両手足に範囲を大きく拡大していたのだという。


 だがボロが驚いたのは変わり果てた友人の姿に対してではなかった。


「あいつは自分の顔を見た途端『ありがとうございます』と言ったんだ。敬語なんて、使うような奴じゃなかったのに」


 機械化した両手足を撫で「テルタニスの技術はやはり素晴らしい」と言った友人は、もうボロの知る粗野で反抗的な友ではなかった。あんなにもテルタニスを「偉そうだ、上から目線だ」と嫌っていたはずなのに、顰められた顔も悪態をつく口もどこにもない。変わり者だと孤立してそれでもスタンスを曲げなかったボロの友人は、忽然とその体から姿を消してしまったのだ。


 機械化面積が増えた身体には、当たり前のような顔をした模範的な他人がいるばかりで、ボロはそこで機械化への違和感に気づいたのだという。


「君も聞いただろう。機械化の面積が大きければ大きいほどテルタニスの従順な奴隷になると」

「……だから壊したの?」

「ああ、そうだ。友人を取りもどそうと正義感に駆られてね」


 テルタニスがやることを少しも「おかしいと思わない」自身のおかしさ。今まで疑問にすら考えなかったことへの違和感。ボロは友人を奪ったのが機械化による「テルタニスからの干渉」だと仮定して、己の足をを壊した。結果、ボロは仮定が事実であったことを知る。


 だからボロは、友の手足を破壊したのだ。当時、秘密裏に集めたテルタニスへの疑問を持つ者たち、今の巣の仲間たちの手を借りて、友を他人へと変えた手足を壊した。


「それで、その人とは?」

「あいつからしたら恐怖以外の何物でもなかったんだろう。落ち着くまでは自分たちと地下で大人しくしていたが、代用の手足を得た瞬間に巣から飛び出した」


 「おまえらみたいな連中といられるか」それがザクロの捨て台詞だったという。


「それからは連絡もつかずそれっきりだ」

「でも、場所はわかるんだ?」

「……まあ、時折地上に住む闇医者の噂が流れてきたからな。何とかやっているだろうとは思っていた」


 聞けばザクロは元々医者だったらしい。当時としては珍しく「まだ治療には人の手がいる」と言い張っていたのだとか。そのときの経験を生かして今も何とか生きているのだろう、ボロはそう締めくくる。




「で、さ。……ひと言言っていい?」

「ああ」

「あんた何やってんの?」


 そんなボロの長い懺悔じみた説明を聞いた後、チカから出てきたのは実に率直な言葉だった。

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