98、恥じらいを捨てた男がやったこと



 ※※※



「あんなに自信満々で何を言うかと思ったらこれだもんなあ」


 一体どんなやり方で、と待っていた皆の前に現れたのが蛍光ピンクのウサギだった。ボロが現れたあのときの空気はそれはもう酷いもので、ネズミは口を開けすぎて顎が戻らず、パルに至ってはしばらくフリーズ状態になってしまったし、チカも目を点にしてしまった。


 チカだって魔法少女にスカウトしてきたスーツの彼らがいきなりウサギ姿で出勤したらまずは頭を心配する。そう考えれば突然自分たちの上司のような存在が自信満々でピンクウサギになってしまった彼らの反応は当然のものに思えた。しかも当の本人が「違和感のある個所があるなら言ってくれ」と真面目くさった声で言うのだから尚更だ。


 状況が状況な都合上、時間がなかった。それでもネズミたちは「違和感だらけですが⁈」と言いたかったに違いない。パルは視界にウサギを入れない様に目を泳がせており、ネズミは顔を覆ったまま天を仰ぎ微動だにしなかった。


「む、もうじとつの案の方が良かっただろうか」

「もう一つ?」

「ああ。自分がペットロボットという設定で君がリードを――」

「あ、いいです」


 だというのにふたりを固めた当の本人はその原因が自分にあるとはよくわかっていない様子で、チカに別の案を説明してくるのだから困ったものだった。もしネズミとパルが聞いたら今度はフリーズどころの騒ぎではないかもしれない。恐らく泡を吹いて卒倒する。


 初めてネズミに同情を覚えつつ、チカはボロのとんでもない提案を遠い目で聞いていた。もしかしたらボロは「恥ずかしい」と感じる精神が死んでいるのかもしれない。


「こちらの利点は自分がある程度自立移動しても怪しまれないという点で、こちらの方が君の肉体的負担が減るかと考えて迷ったのだが」

「いや全然ぬいぐるみで大丈夫。むしろよかった」


 薄々思っていたがひょっとしてボロは自分が思っているよりもド天然ボケなのではないか。


 至って真面目な声色でとんでもないことを言い始めたボロの言葉を遮りながら、チカは内心で頭を抱える。仮にも知り合いをリードで連れまわすなんて女子高生にどんな羞恥プレイをさせる気なのだろう。というかそんな気まずくなるようなやり方を候補に入れないでほしい。



「しかしどちらにしても安全上、いざとなったら君の手を借りる必要があることは変わらないのだが」

「いや、それはいいよ。聞いた感じじゃギルは無理そうだし、それに」


 ボロを抱えながら、チカは少し申し訳なさげなトーンの声に首を振った。頭に浮かぶのは自分を追いかけてボロボロになった三人の姿だ。目に焼き付いたどす黒い赤と、鼻の奥にこびりついた生臭い鉄の、流れ出る命の臭い。それは無機質で冷たい外の空気を吸っても、決して離れない。


「元はと言えば私が蒔いた種だし」

「……今回の件は自分が慎重に動きすぎたこともある。それに、ダグは己で決めて君について行った」

「でも、私が勝手をしなければ怪我をすることもなかった」


 「全てを自分のせいにするな」そうボロは言いたいのかもしれない。けれどその言葉を素直に受け取れるほど、チカは今回の出来事を楽観視できなかった。事実、ダグは命に係わる大怪我をしており、シャノンもギルも無傷ではない。確かに追いかけてきたのは彼らの意志なのかもしれないが、そもそも原因を作らなければ良かったと思わずにはいられない。


「……チカ、君は」

「あー、ごめん。変な空気作った」


 自身が発している空気感に言いよどむボロを見て、チカはサッと笑みを浮かべた。今は後悔している暇はないのだ。

 チカは己が作った空気を払拭するように明るい声色で話題を変える。


 今考えるべきなのは起こってしまったことではなく、これからすることに関してだ。


「そういえばさ、これから会う……『ザクロ』だっけ、どんな人なの? 聞いた感じすごい警戒心が高そうな感じだけど」

「あ、ああ。……そうだな、ザクロは簡単に心を許さない」

「嫌ってるって言ってたけど、喧嘩でもしたわけ?」

「……喧嘩だったらむしろ良かったんだが」

「良かった?」

「ああ。……自分は、あいつに恨まれることをしてしまったから」


 恨まれるようなことなんて、一体何をしてしまったのだろう。喧嘩別れ程度かと考えていたチカが首を傾げれば、ボロは潜めた声でこう言った。


「あいつの手足を破壊したのは自分だからな」

「……え?」


 その言葉を聞いた瞬間、後ろから吹き抜ける風がチカの身体を冷やし、滑り抜けていく。それはただ肌の表面を撫でただけだというのに、チカは胃に氷を詰め込まれたような心地だった。

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