ボロという男

97、ボロの地上大作戦




「……やっぱり無理がある様な気がするんだけど」

「大丈夫だ。堂々としていれば怪しまれることはないだろう」

「そうかなぁ……?」


 やけに自信満々に言い放つボロとは反対に、チカの表情は微妙なものだった。

 チカは大通りからの視線を遮る路地の隙間を縫うように歩きながら、見た目に反して生々しくずっしりと重い腕の中の物体に目を落とす。


「絶対妙な気がするんだけど」

「……何もこれだけで逃げ出そうとしているわけではない。要は見た目を誤魔化すためだからな。これで万が一見つかった時に隙をつく」


 擬態用カバーを装着した腕で、チカはふわふわもこもこのぬいぐるみを抱えている。野生にいたら真っ先に狙われる蛍光ピンクの毛皮につぶらな目が光るウサギのぬいぐるみだ。その見た目だけならファンシーな雑貨屋の棚を飾っていてもおかしくないが、問題は大きさだった。


「そりゃ、こんなのが動きでもしたらビビるだろうけど」


 そう言いながらチカは腕の中のぬいぐるみを抱え直す。幸い、自力での移動を考えてぬいぐるみの下半身は腰辺りで切られており、円錐のような体型は持ち上げやすくはある。しかしそうであっても両腕全体を使って抱えなければならないほど、このぬいぐるみは巨大なのだ。しかも重い。大きな子供ひとり分くらいの重量がある。毛皮の手触りは中々のものだが、持てばすぐにおかしいと気づくだろう。


「それが目的だからね。何、心配しなくともいざというときは自力で逃げ出すさ」

「……やっぱり巣で待ってた方がよかったんじゃない?」

「いや、駄目だ。あいつは警戒心が高い。君だけが行っては恐らく会うこともできないだろう」

「でもさぁ……」

「それに、この世界に慣れない君ではあいつを探すのも一苦労だろう」


 言外に「やっぱり無理がある」と言いたげなチカに、ボロは最小限の動きで首を振った。外のことを気にしているのだろう。彼は上に出てから最小限の動きしかせず、微動だにしない。


 確かにチカひとりでは噂の「あいつ」を探すことは困難だろう。慣れてはきたものの、それでもまだこの世界の常識がわかり切ったとは言えず、そもそも土地勘がない。ボロの言い分は最もだ。


 だが、それでも。チカは「ボロがぬいぐるみのフリをしてついて行く」というこの作戦には無理があるような気がしてならなかった。



 ※※※



「……あいつって、まさかボロさん上に行く気で?」


 頼りになる人物はどうやら地上にいるらしく、ボロはその「あいつ」に会いに行くつもりらしい。そんなボロの言葉に真っ先に噛みついたのはネズミだった。


「ああ。それに、あいつが身を隠しそうな場所を知っているのも自分だけだ」

「何言ってんですか⁈ 危険すぎるでしょ! ここは腕っぷしのある新入りの機械人形システムドールとか、あとこいつに素直に任せて」


 冷静に答えるボロに対し、ネズミは慌ただしくバタバタと手を振り、何とか考え直すように懇願している。途中「こいつ」呼ばわりされ、指をさされたことにカチンときたチカだったが、正直なところチカの意見もネズミとあまり変わらなかった。


 シャノンやダグと違い、ボロは外見的に目立ちすぎる。チカの半分程度の背丈を覆い隠すように布を纏い、滑るように移動する姿は間違いなく地上の景色から浮くことだろう。悪目立ちもいいところだ。あっという間に噂の種になりテルタニスの手下に囲まれて、なんて筋書きが目に浮かぶ。


「駄目だ。それにあいつ、ザクロが見知らぬドールや素性のしれない人間の言うことを素直に聞くと思うか?」

「っ、それは……」

「しかも片方は元テルタニスの部下だ。それを知って招き入れるほどあいつの警戒心は薄くない」


 けれどそんなチカの考えもネズミの説得もボロには通じなかった。彼の言葉にネズミは言葉に詰まったように口をつぐみ、部屋に静寂が落ちる。しかし顔ではまだ納得していないという様子のネズミに、ボロは「それに」と続けてこう言った。


「つまりは目立たず、地上を移動できればいいんだろう?」

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