95、人間の作り方

 ボロの言葉に首を傾げ、ネズミの言葉でさらに頭にクエスチョンマークを浮かべ、ようやく彼女は自身の中で整理できた言葉を絞り出す。


「つまり、あんたたちは赤ちゃんのまま外に出てる状態……ってこと?」

「アカチャン? なんじゃそりゃ」

「……ここまで知ってることが違うともう面倒くさいわね」


 何度もこちらの常識に首を傾げられるとカルチャーショックよりも面倒くささが際立つ。疑問が生じるたびに聞かれるのも手間に感じたチカは、もうこの際だからと自身が知っている生命の誕生から成長までをかいつまんで説明することにした。


 それこそ内容は中学保健体育教科書で読んだ内容そのままだったが、ふたりにしてみればそれは相当興味深いことだったらしい。途中茶々を入れてくるかと思ったネズミですら、驚いたような顔でチカの説明に聞き入っていた。


「はぁー、ランダムなタイミングでランダムな男女が一緒になってランダムに生命が創造されて生まれる、と。何だよその非効率排出。時期も創造タイミングもバラバラだし、個人でやらせてたら絶対偏るだろ」

「……そうだな。それに母体にかかる負荷も聞いた限りではかなり大きそうだ」

「ですよね? やっぱ一括で管理した方が効率も安定もすると思うけどなぁ」

「……こっちじゃ効率とかそういう問題じゃないの。それで?」


 こちらの常識に好き勝手言う彼らにため息を吐きながら、チカは片眉を上げてボロとネズミに返答を促す。すると「ああ、大体は」という答えがボロから返って来た。


「君が言うその、赤ちゃん? だったか。我々がそれと同じという判断はまあ当たらずとも遠からずといったところか」

「どっちかっつーと、お前んとこの母体から成長途中ででてきちまった、っつーほうが近いかもな。僕らは完全な人間として成長機械化するまで、テルタニスの中で成長するもんだし」


 彼らの常識をチカのものに当てはめて考えてみると、つまりはこういうことらしい。


 まず母体となるテルタニスが肉体の創造とパーツを選別し、子供状態の人間を作る。だがこの段階で出産とは呼べない。テルタニスはまだ何も知らない人間を自身の安全な内部で教育することで成長させ、肉体と精神、教育共に最終段階へと至ったら機械化を終えてから外へと送り出す。この時点でようやくの出産といえるのだ。


 チカの知っているものとは違い「大人を産んでいる」という言葉の方がしっくりくる。つまりテルタニスの出産は、初めから完全な人間を生み出し排出する作業なのだ。


 そこまで考えてチカはようやくボロの言いたいことを理解できた。要するに彼らは未熟児のようなものなのだ。母体で機械化という仕上げをせず、出てきてしまった生命体。なのでただの人間よりも脆くて傷つきやすい。だから彼らは余計なことをせず、反逆者レジスタンスでありながらも地下に引きこもっているのだ。


 ずいぶんと回りくどい説明方法になった気がするが、ボロが言いたいのはそんなところだろう。確かにそう考えると、彼らが母体を離れても生きているのは確かに「奇跡」だ。


「機械化ってそんなに重要なんだ?」

「普通に生きるなら。あの手術で菌やウィルスに関する抵抗チップやら骨格や筋肉の増強をするから、かなり頑丈な身体が手にはいる。傷つかない体というのはそれだけで何かと便利だろう」

「……ま、それと引き換えに? 機械化が多ければ多い分、従順な奴隷の完成ってわけ。それだけテルタニスの意図した組み込みパーツ面積が多いってことだからな」


 ネズミの言葉にチカはなるほど、と頷く。巣穴の人間はテルタニスの奴隷になることを拒否した者たちなので、デメリットがあれども機械化していない、というわけだ。それが彼らの行動を縛っている要因でもあるのだが。


「でもさ、それなら今まで怪我や病気はどうしてたのよ。……今のダグみたいな怪我人とかさ」


 ちらりと視界を掠めたダグの姿に声のトーンを落としながらチカは問いかける。いくら籠っているからといってまったく無関係ということもないだろう。反逆者である彼らはテルタニスからの支援も治療も見込めないはずだ。


 それでも巣穴の中の人間は比較的元気そうに見えたし、病が流行っているような陰鬱とした空気感もない。ということは何かしらの解決策があるのだろうか。それとも、病気や怪我人を「無かった」ことにしているか。


 嫌な考えではある。だが全く可能性がないことはない。ここは異世界で、チカはその常識が大きく違うと知らされてばかりなのだ。


「ああ、病気であれば自分のような、機械化してからその部位を切除した人間が役に立つ。埋め込まれた抵抗チップの効果を解析して薬を作る、といった具合にな」


 だが思わず拍子抜けするほどに、ボロの声は変わらないトーンのままだった。切除、なんて少しギョッとする言葉を淡々と口にしながら、ボロは巣穴の対抗手段を口にする。


「それに、怪我にしても何も手段がないわけではない」


 ボロがそう言った瞬間、それを待ち構えていたように部屋の扉がバァンッ、と大きな音を立てて開いた。

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