94、見た目は大人な人間未満

 奇跡。どちらかと言えば悲観的な言動が多いボロがその言葉を使うのは不思議に思えて、チカはついまじまじと顔を見てしまう。その不躾な視線の意味には気づいているのだろう。ボロは顔をベッドの方へ顔を固定したまま続ける。


「似合わないだろう?」

「……うん、正直不自然」

「おい、あんたなぁ」

「ネズミ、いいから噛みつくな」


 素直に思ったことを口に出したチカに「失礼なことを言うな」と口を開きかけるネズミ。だがネズミが噛みつく前にボロがたしなめると、ネズミは渋々といった様子で口を閉じる。その目はジトリとチカの方を睨んだままではあったが。

 その目はチカを見たら吠えてくる近所の飼い犬によく似ていた。特にリードをぐっと引っ張られて怒られたときにそっくりだ。


「あなたも言うんだって感じ。そういうぼんやりしたもの、好きじゃなさそうだし」

「不確かなことからはなるべく離れるべきだとは思う。自分のような立場なら尚のこと。……しかしな」


 ボロは音を立てずにダグの眠るベッドへと近づくと、目を閉じたままの彼をじっと見つめたまま、傷に障らないようにひそめた声で言う。見あげるボロの目は、相変わらずのぼろ布の山に埋もれてよく見えない。


「『奇跡』以外に表せない。自分たちが、この子が今の今まで生きているということが」

「……前から思ってたんだけど、ボロって本当はダグの親とかじゃないの?」


 その目は見えないが、ボロがダグを心配する声にはいつも情がこもっているように感じられて、チカは思わず問いかける。

 チカが巣に連れてこられた時も今も、冷静なボロの声にほんの少し温度が戻るその瞬間、いつだって視線の先にダグがいて、性愛にしては軽すぎて友愛にしては少し重いそれが、チカには親が子に向ける情としか思えなかった。


 けれどチカの言葉にボロは緩く身体を振る。本人は首を振っているつもりなのだろうが、傍目にはやはり体を捻っているようにしか見えない。


「オヤというのは生命を生み出した人間を表す言葉だろう。自分たちで言うところの、テルタニスがそれにあたるんだろうが……」


 そこまで言うとボロは「話を戻そう」と、話題を戻す。ボロはまだ何か言いかけているように思えたが、これ以上は無意味だと言わんばかりの急な切り替えだった。

 チカの目にはボロがその話題から顔を背けているように感じ、それ以上の追及はやめて口をつぐむ。あまり触れられたくない話題なのかもしれない。


「元々、自分たちはテルタニスに作られた肉体の複製品だ」

「……人間のコピーってこと?」

「ちっと違うけどな。僕らの肉体は基本、全員同じベースなんだ」


 言い慣れない言葉に首をひねるチカに、ネズミが口を挟む。

 彼らが言うにはダグたち国の人間はテルタニスが作り出した肉体をベースに、目や口などの複数パーツの組み合わせで作られているのだという。いくつかの組み合わせパターンがあり、そのため性格や顔は異なり、恋愛という娯楽のための仮決めの性別はあれど、基礎の肉体は同じなのだとのことだった。


「早い話、自分たちは人間として未完成なんだ」

「未完成? 別にどこも足りないようには見えないけど」


 未完成、という言葉にチカはこれなら自分にもできるだろうと買ったフェルト人形キットのことを思い出す。

 完成形の白い犬が可愛くて買ったのだが、完成したのは胴が長いのに耳が無い見事なクリーチャー。リベンジにとふたつ目を買って作り始めたはいいものの、やはり胴が長くなってしまい、未完成のまま放り出してしまったのだ。頭が作られていないまま取り残されたフェルト生地は、今頃机かタンスの隅に挟まっているに違いない。


「ちげーよ、見た目じゃねえ。機能の話だ」


 けれどそんな想像をしているチカに対し、ネズミが肩を竦めながら言った。「何もわかってない」と言いたげな態度に苛立ちが募るが、それが棘を伴って口から出る前にボロが話を再開させる。


「自分たちはテルタニスの手で。機械化して初めて普通の人間としての問題のない活動ができるようになる」

「……つまりボロさんが何が言いたいかっていうと、機械化する前にここにきた僕らはのを抱えてるなわけ」

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