89、誤った判断。だけどそんなこと考えてる場合じゃねえ

「シャノン、ダグ! そっちはどう?」

「あー、生きてる」

「ダグ、彼女が訪ねているのは撤退の準備に関してであり、現在状態の簡易情報では」

「わーってるよ」


 そう言って振り返れば、チカの視線の先にはぐったりとしたダグを肩に担ぐシャノンと、腹部の止血にジャケットをきつく巻いた状態でも、軽口を叩きながらひらりと手を振るダグの姿があった。

 ふたりともどうやら歩く分には問題なさそうだ。そう考えながらチカはギルに肩を貸しつつ、ジュリアスだったものの向こう側で待つダグとシャノンの元へ足を進める。


「じゃあさっさと出よっか。こんな暗いとこいつまでもいたら気が滅入っちゃう」

「……手馴れてんな」

「何が?」

「そのくらい体格差がありゃ、もっとふらついてもいいもんだが」


 チカが足取り軽くスタスタと近寄れば、ダグは少し意外そうな表情で言った。

 確かに体重が軽くなってるとはいえ、ギルとチカの体格差はかなりある。スタイルがいいこともあってか軽く見積もってもギルの身長は成人男性かそれ以上にはあり、ダグが言う通り、高校生としては極々標準的なチカが支えるにはやや荷が重いと言えるかもしれない。

 そんなダグの疑問に、チカはギルを抱え直しながら答える。ギルはドールのせいなのか、やけに滑りがいい。


「まあ私講習受けてるし、コツさえ押さえれば結構どうにかなるし」

「講習?」

「魔法少女はそういうのも必要になってくんの」


 魔法少女は別に魔法をぶん回していればいいというものではなく、現場で起きた被害への対処も必要になってくる。基本、民間に被害が出た場合は本職の救急隊が大体のことをやってくれるとはいえ、場合によっては緊急でどうにかしなければならないという場面も出てくるのだ。手が足りなければ魔法少女が怪我人を運ぶこともある。

 そのため、チカを含め魔法少女はレスキューに関しての基礎を受講する。運び方、応急処置の方法、その他諸々。

 それに魔法のサポートもある、とチカが言えばダグは「そりゃそうか」と納得したように軽く首を振った。


「魔法ってのは、本当に便利なもんだな」

「そりゃそうでしょ。魔法だし」

「驚いたぜ。お前はぶちのめすことにしか使えないと思ってた」

「……その喧嘩、万全の状態になったら買ってあげるから覚えてなさいよね」


 万能のことを表す「魔法のような」なんて言葉もあるくらいだから大体のことはできて当たり前だと返せば、どストレートに「脳筋」と返ってきて、チカは額にピキリと青筋が浮かびかける。大怪我をしているというのに、本当に口が減らない男である。


 だが腹が立つとはいえ、かなりの大怪我だ。チカはぐっと文句を飲み込んで、努めて冷静な返答に留めた。

 それにと、チカはダグの腹部に改めて視線を向ける。ジャケットには血が染み出しているのか、服部分がうっすらと染まり始めていた。


「何だよ、大人しいな」

「別に。あんたこそちょっとは怪我人らしくしたらどうなの」


 ダグたちがこうなったのは自分のせいだという自覚があった。

 もしあのとき、もっと冷静に行動していたら、疑いをもてていたら。

 そんな後悔が針となって、チカの罪悪感をチクチクと刺激する。そんなの今思ったって仕方がないとわかっていても、「もしも」を考えてしまう。


 もしあの時、自分がジュリアスについて行って飛び出さなかったら?


 そうしたら、きっとギルの腕は両方あって、シャノンだってボロボロにならずに済んで、ダグの軽口にいつも通りに返せていた。あのジャケットだって、きっと血に染まらずに済んだ。誰も痛い思いも怖い思いも、両方知らずに済んだ。

 でも、そうはならなかった。たったひとりが、判断を誤ったせいで。


「……ダグ、あの、さ」

「あ? 何だよ」

「いや、その……ごめ――」

 

 チカが口を開きかけ、ダグがそのらしくないしおらしさに眉根を寄せた、その時だった。


「――――え?」

「――――は?」


 ぐらり、と足元がよろめいたかと思えば、ミシミシバキバキと嫌な音が地面から聞こえてきて。

 それは「まさか」や「もしかして」を思う暇すら与えなかった。ただ瞬時に訪れた嫌な予感と、ひび割れをみるみるうちに成長させていく地面にダグとチカは顔を青ざめさせる。


「おい、お前どんだけ強い力で殴っ――――!」


 ダグの怒声はゴゴゴゴゴゴッという轟音に掻き消された。

 そして次の瞬間――――地面は無情に崩れ落ちる。

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