戦いのあとに残ったもの

88、失敗作なわけがない



 ※※※



「よっしゃ! ざまあみろこの野郎!」


 開口一番、チカは叫んだ。彼女たちを散々振り回し苦しめてきたロボットは、今や頭を彼女の拳の形にべこりとへこませて沈黙している。赤いレンズには殴打の衝撃でヒビが入り、その残骸が周囲に散らばっていた。


 だがバンテージを巻いた手でガッツポーズを作るチカに対し、ダグの反応は極めて冷静なものだった。

 ダグは横たわったままの状態で肺の底から出るようなため息を吐きだすと、勝利を喜ぶ魔法少女に言う。


「……勝利の雄たけびもその辺にしとけよ。蛮族かおめーは」

「誰が蛮族よ誰が! ……っていうかダグ! 怪我!」

「単語で話すな。平気だよこんくらい」

「全然大丈夫そうに見えないわよ! 血も結構出てるし、ほら肩かしたげるから」


 聞き捨てならない言葉に息巻いて振り返るチカだったが、倒れたままのダグの状態を見てすぐさま続けようとした文句を引っ込める。相変わらずの減らず口ではあったが、その状態はどう見ても「平気」には見えなかったからだ。

 元から悪い顔色を更に紙のように白くした男はまるで幽霊の様な有様だった。そんな栄養失調の幽霊が相手となると、流石のチカもいつものように噛みつく気は起きず、血でどす黒く腹部を染めたダグを助け起こそうと手を伸ばす。

 けれどダグはそんな心配を軽く手を振って断った。


「いい、放っとけ」

「でも」

「俺より重体がいるだろうが。そっち放っておいて俺にかまけていいのかよ」


 そうだ、ギル。ギルは大丈夫だろうか。

 その言葉にチカはハッとなって後ろを振り返る。ジュリアスが本性を出した瞬間、怯んだチカを庇って左腕を吹き飛ばされた機械人形(システムドール)の姿がチカの頭をよぎった。

 確かにギルのことも心配だ。けれどこの状態のダグを放ってほくわけにもいかない。


「ダグのことは私が。チカはギルをお願いします」

「シャノン⁈ だ、大丈夫なの? その、身体とか」

「ご安心を。私は丈夫な作りですので」


 そんなチカの心情を読み取ったように声をかけてきたのはシャノンだった。ダグと同じく倒れていたシャノンにチカは不安げな眼差しを向けるが、そんな心配を跳ねのけるようにシャノンはいつも通りの凛とした足取りでダグの元へと向かって行く。服装や髪に乱れや傷は見えるもののそれ以外に目立った傷は見えない。丈夫なドールだった。

 その言葉に甘え、チカはギルの元へと駆け寄る。



「ギル!」

「……ご、主人、様?」

「立て――、なさそうか。ほら、手ぇ貸して」


 瓦礫の中、埋もれるようにして倒れていたギルの惨状にチカは顔を顰めた。

 ジュリアスの鎌に飛ばされた左腕は無く、剥き出しになったコードが痛ましい。青い髪も肌も埃と傷にまみれ、散々な有様だった。

 弱々しくこちらを見てくる紫の目にチカは言葉を切って手を伸ばす。だが、彼はそれに小さく首を振った。


「だいじょう、ぶ。オレ、何とかできル、かラ。それより、ご主人様、汚れ、ルから」

「……腕吹っ飛ばされて、何言ってんのよ」

「でも、オレ、なんの――なんの、役にモ、……ご主人様を守ることモ、できなかった、失敗作、なのニ」

「黙りな」


 チカの手を避けて身を引こうとしたギルの言葉を遮って、引っ込められた彼の手を強引に掴むと、肩にかける。

 あんなことをされたのに、テルタニスの言葉をまだ信じているような言動が気に喰わなくて、ムカついて。そして悲しかった。自分を守って、腕まで失ったというのにそれをなかったことにしようとする言葉が嫌で、チカはぐったりとしたギルを引きずるように運びながら、少し怒った顔で口を開く。


「あんたがいなかったら、私はもっと痛い思いをしてた。もっと傷だらけだったろうし、今ここに居ないかもしれない」

「……でモ」

「勝手になかったことにするな。私を守ったのに、役に立たないとか失敗作とか、そんなわけあるか」


 開きかけたギルの口を黙らせるように放ったチカの言葉に、青髪の身体が小さく震えた。

 チカは前を向いて歩いたまま、話を続ける。


「私をご主人様って思うなら、さっさとあのクソAIの言ったことは忘れること。いい?」

「……う、ん。うん、わかっタ。わかった、ご主人様」


 きっぱりとそう言い切れば、今度は小さく震えた声で、けれど否定もしない言葉が返ってきて。

 ほんの少し力が抜けて重みを増したギルの身体を、チカはしっかりと抱えた。片腕を無くし、不安定なバランスのそれが、倒れることがないように。

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