87、彼はドールのために蘇り、そして

 思ってもいない回答だったのか、徐々に食い込んできていた鎌がぴたりと止まり、ジュリアスが不思議そうな声を上げた。

 止まったそれを好機だと、ダグは更に言葉を浴びせる。


『……何?』

「生憎、俺はあんたと違って人間だからな」


 それは一見、とても幸せそうだった。けれどそこまで考えて、ダグは思ったのだ。

 新しく作り直されたシャノンは、自分が知るシャノンと同じだと言えるのだろうか、と。


「なあジュリアス。例えば友人が全く違う姿で目の前に現れたとして、すんなり受け入れられると思うか? 何の困惑も違和感もなく、関係を続けて行けると本気で思ってるのか?」

『いや、吾輩はそんな疑問も起きないほどの完璧な、全く同じ身体を――――』

「『機械人形システムドールはその姿に全く同じものは無い。人間と同じように個性がある、新しい友の形だ』だったか?」


 つらつらと動く己の口に、ダグはよくもまあ昔の資料の内容を覚えてるもんだと自分のことながら感心する。ジュリアスの機械人形に関しての資料は、一時期は教科書よりも読み込んでいた自覚があるが、まさかここまで鮮明に覚えているとは思わなかった。

 一方、ジュリアスはダグが並べた言葉にすっかり固まっていた。鎌を動かすことも忘れたように、ロボットは赤いレンズの縮小と拡大を忙しなく繰り返す。


『その言葉、は』

「『元来のペットロボットのような壊れてもいい、買い直せばいいなどという一時の消耗品とは違う。機械人形システムドールは人間に寄り添う、いわば第二の新しい人類なのだ』……俺はこの言葉を見た時感動したよ。俺以外にも、ドールは対等だってことを考えてくれる人がいたんだって」


 息のつまるようなあの施設の中で、シャノンだけがダグにとっての唯一の友であり、味方だったから。だからダグは驚いたのだ。ドールを下に見るものや、替えのきく物として扱う連中がいることに。ダグのような考え方の方が少数派であるということにも。


「俺が知ってるあんたなら、壊れたから全く元と同じように新しい身体を作る、なんて絶対に言わない。あんたは、ジュリアスはドールを人間のように思っていたみたいだからな」

『――――』


 ジュリアスが黙る。ただレンズが動くだけの音がカシャカシャと聞こえる。


 一日に何度危ない賭けをするつもりだ、とボロからの叱責が聞こえてくるような気がして、ダグは苦笑いを浮かべた。もし知られたら長い長いお説教だけじゃすまなさそうだ。

 けれど、やるしかない。少しでも生きることができる可能性があるのなら、それに賭けるしかないのだ。


 暴れる心臓を落ち着けるために、ダグは深く息を吸った。混乱したように動きを止めたジュリアスの後ろにちらりと目をやってから、言葉を続ける。

 

「ああ、それとも。あんた本当は、ジュリアスじゃないのかもな」

『吾輩、は、ジュリアス、じゃない――――?』

「そうだ。だって、考え方が違いすぎる。なら、そうだろ? 賢いロボットさんよ」


 ――――お前は、ジュリアスじゃない。


 はっきりとそう言ってやれば、わかりやすいほどにロボットはその身を震わせた。言われたことに混乱したように頭を振り、落ち着きなくレンズを動かす。挙動がおかしいのは誰の目から見ても明らかだろう。

 先ほどとは打って変わって少女の声が無機質にブツブツと呟く。


『計算、再試行――吾輩は、ジュリアス、じゃない。―――言動の矛盾によるエラーを確認。システム、再起動』


 終いにはプシュンと音をたてて止まってしまったロボットの目から光が無くなっていくのを見て、ダグはしめたと拳を握る。

 自己矛盾によるエラー。どんなに高度な知能でも、むしろ高度であればあるほど思考の矛盾に気づき、はまる罠。

 つまりジュリアスロボは、新しいジュリアスであるはずなのにダグの言葉に賢い頭でこう考えてしまったのだろう。


 自分はジュリアスではないのかもしれない、と。


 自身の存在を否定する巨大な自己矛盾は、高性能なロボットにあっという間に致命的なエラーを吐き出させた。急な再起動はそのせいだろう。自己矛盾からのシステムの破壊を防ぐために、強制的に思考を止めたのだ。

 破壊できればそれが一番良かったが、さすがにそこまでは上手くいかないかと思いながら、ダグは声を張り上げる。ジュリアスはお喋りに夢中で気が付いていないようだったが、ダグの目は暗闇で良く目立つ、プラチナブロンドが動くのをとらえていた。


「今だ、シャノンっ!」

「――――はい、ダグっ!」


 その声に応じるように、シャノンが素早くジュリアスの背後に飛びかかり、再び赤い目が点灯するよりも早く鎌の付け根部分を後ろに掴み上げて拘束する。何とかその腕から逃れようとジュリアスは腕を軋ませながらもがくが、シャノンは腕をがっちりと掴んで離さない。


『――っぐ、お、いっ! やめろ! 離せ!』

「ああ、後な。お前の提案が嫌なのにはもう一個理由がある」


 ダグはそう言いながら、傍で倒れたままのオレンジ色をつま先で小突く。ステッキを握ったその手が、確かに力強く動くのが見えたから。


「シャノンやチカをこんな目に遭わせた奴の提案なんて、反吐が出る」


 ダグがそう言って中指を立てた瞬間、彼の目の前で鮮やかなオレンジ色がいきなりぐわりと立ち上がった。その目はついさっきまで寝ていた人間とは思えない程に爛々と光り、ずいぶんと殴りやすい体勢になったジュリアスを睨んでいる。

 手には、ゴミ捨て場でも見たあのオレンジのバンテージ。


「――――マジカル、ボクシング」


 それ以外、チカは何も言わなかった。文句を言う時間すら惜しいのか、彼女は見ていて恐ろしくなるほど黙ったまま、凄まじい勢いの拳を目の前の脳天向けて振り下ろす。

 拳が風を切る音が聞こえた次の瞬間、ガキャンッ、という破壊音が通路の壁に跳ね返った。

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