77、魔法少女の目となって

 目を貸す、とはいったいどういう意味なのか。ダグの言葉に首を傾げていると、間を置かずに後ろから「いいから目ぇ閉じろ」と、乱暴な指示が飛んできた。


「え、そりゃそうだけど、でも」

「見たくないんだろ」


 でも、目を閉じたらそれこそ何も見えなくなるだろう。

 チカはそんな至極当たり前の返答をしようとしたが、有無を言わせない食い気味の答えに大人しく目を閉じる。

 視界は暗闇に包まれ、何も見えなくなった。


「ねえ、閉じたけど。これでどうやって」

「右」

「え?」

「良いから右。その棒突き出して撃て」


 目を閉じさせたと思ったら突然の指示。一体何がしたいんだと思いながらもチカは言われるがままに、ステッキを右側へと突き出してビームを撃ち込む。瞼の裏に光線の輝きがパッと散り、明るく照らされたその一瞬、大きな黒い塊のようなものをはっきりと映し出した。


『おお、流石に無策というわけでもないようじゃのう』


 光が消えるまでの一瞬しかそれは見えなかったが、黒い塊が光から逃れるようにうごうごと動いているのが見えて、チカの頭に「まさか」という考えが浮かぶ。


「おら、あんたがごちゃごちゃ言ってっから避けられただろうが」

「ちょ、ちょっと待ってよ。もしかして目になるって」

「いいから、次は左!」

「――――っもう!」


 まさか、文字通り本当に自分の目の代わりになるつもりなのか。

 だが、そう言いかけたチカの言葉は急かすような舌打ちと次の指示に掻き消されてしまう。きちんと返答をしてくれないことに苛立ちながらも、チカは言われた通りに次は左へとビームを撃ち込んだ。

 また瞼の裏に光が散り、しかし今度はバキンッという何かにぶちあたったような金属質な音も一緒に耳に届く。

 当たった。見えていないはずなのに、確信があった。


「よし、いいぞ」

「……今どんな感じ?」

「喜べ。足の先端が吹っ飛んだ」


 目を閉じたまま聞けば、返ってくる喜色を含んだ声。どうやら先端ではあるが、チカのビームは確かに蜘蛛の足を捕えたらしい。致命傷ではないが、ついさっきまでのかすり傷生産機だったころに比べれば大きな進展だ。

 先の見えなかった展開に、僅かな光が射す。


「ええ? まださきっぽだけ?」

「うるせえ。あんたは先端にすら当てられてなかったじゃねぇか」

「撃つならもっとど真ん中に当てなって言ってんのよ。それなら一発なんだから」

「ったく、注文ばっかいっちょ前だな」

「当たり前でしょ。私の手足を貸してあげるんだから、先っぽ程度で喜んでんじゃないわよ」 


 そう軽口を叩きながら、チカはと備運動でもするかのようにぐりぐりと足首を回す。すぐに後ろからの声に反応できるように筋肉の緊張を解き、見えない代わりに耳と手足に意識を集中させた。


「私の魔法使って、派手にぶっ飛ばせなかったら承知しないわよ、ダグ」

「さっきまでガキみたくぎゃあぎゃあ騒いでたくせに、偉そうに言ってんじゃねえよ、チカ」


 後ろでダグが不敵に笑っているのを感じながら、チカは同じように口角を吊り上げてステッキを構える。暗い視界への恐怖や不安はもう無い。

 今あるのはやっと痛い反撃をくらわせてやれるという、拘束を解かれた捕食者のような喜びだけだった。

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