76、苦手なものに勝つ方法
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ⁉ くんな! こっちくんな!」
照準が蜘蛛の頭部から足へと即座に移され、チカは飛びかかってくる八本の足に向けてビームを連発する。ドゴン、ドゴン、と凄まじい音を立てて蜘蛛の足が光線の衝撃に煽られ、宙で回転するが、ビームは足の先端や側面を掠ってばかりでどれもまともに当たっていない。
その理由は明白だった。チカが蜘蛛の足を視界に入れまいと顔を背けているのだ。
「おいっ! 見ないで撃つやつがあるかよ⁈」
「だ、だって、だってぇ……!」
「っ、ちょっとでもいい。相手を見ろ!」
焦ったようなダグの声にもごもごと反論しつつ、それでも言う通りだと顔を戻しかけるチカ。だが、再びあの蠢く足が目に入ってきた途端、チカはまた「ぎゃあ!」と悲鳴を上げて鳥肌をたてる。見なければ当たらないと理性が諭すが、それを上回る生理的嫌悪感が視線を合わせることを拒んだ。
再びやみくもに撃ち込まれるビーム。やはり掠るばかりで致命傷にはなりそうにない。
「無理! あの気色悪いの本当に駄目なんだって!」
「駄目って、お前そんなこと言ってる場合じゃ……てか、起きた直後は見て撃ててただろうが!」
「あれは反射的にって言うか咄嗟のことだったからで……っとにかく! 無理なもんは無理なんだって! 」
ダグの無理難題にそう叫びながら、チカは思い出す。
そういえば確か、意識を失う羽目になったのもこの足に気を取られて、隙を突かれたのが原因だった。足をなるべく視界に入れないようにしながらステッキを出して応戦していた最中、急にあの八本の足が覆いかぶさって来たのだ。
無駄にリアルな足の構造を間近で見てしまったチカは悲鳴を上げ、注意が逸れたとのこれ幸いと、ジュリアスの操る蜘蛛ロボットが追撃を仕掛けてきたのだ。無様にもチカは腹に手痛い一撃を受け、吹き飛ばされてしまった。
『やはり、お嬢さんはこの足が苦手なようじゃな。いやいや、命拾いしたわい』
「……っ、これも計算のうちってわけ⁈ 悪趣味よ!」
『いや、これは全くの偶然じゃ。隙のない走行を考えた結果、節足動物型のをモデルに行きついてな。だがしかし、こんな幸運を生み出してくれるとはのう』
つまりはダグのトンボ型ドローンと同じと言うわけだった。上手く動くように計算した結果、その形になっただけ。そこに知的探求心はあれど悪意などないのだろう。
だが対峙しているチカにとっては巨大な蜘蛛型ロボットなど悪意の塊でしかない。指の先ほどの小ささでも恐怖を感じるというのに、それが巨大化してしまえば恐怖も嫌悪も倍増するのは当たり前で、視界に入れていない今だって鳥肌が止まらないというのにあまつさえそれを直視するなんてこと出来るわけがなかった。
教室にゴキブリが出た時なんていち早く大騒ぎして、友人の広美の席に引っ付いていたチカである。元の世界であれば、虫に関しては不要な紙の束を聖剣の如く携えた広美が、パァンと神業のような速さで対処してくれたが、今その頼もしい姿はない。頼れるのは己だけで、目を逸らしても蜘蛛の足があることは変わらないのだ。
「うーっ……なんであんな無駄にリアルなのよ」
『ほほ、もっと手荒にことを進めねばならないかと思ったが、これなら思っていたより簡単に終いになりそうじゃの』
勝ち誇ったようなジュリアスの声が腹立たしい。今すぐにあのムカつくボール顔に拳を叩き込みたくなるチカだったが、忌々しいことにあの気色悪い足が邪魔をする。
短期決戦に持ち込むはずが、チカはジュリアスの作り出したこう着状態に動けなくなりつつあった。このままではじわじわと削られていく一方だ。
「ったく、あんたは頼もしいんだかそうじゃないんだか……」
「うっさいわね! 嫌なもんは嫌なんだからしょうがないじゃない!」
「わぁってるよ。要するに、あんたが見なきゃいいんだろ」
呆れた様なダグの声に、生理的嫌悪感が気合でどうにかできるかと怒りを露わにするチカ。だがチカは次の瞬間に聞こえたダグの提案に言葉を止めた。
「これ以上無駄撃ちさせて消耗させるわけにもいかねぇ。だから、俺の目を貸してやる」
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