魔法少女と仲間の反撃
74、近道より大事なこと
※※※
「……起きるの、遅ぇんだよ、馬鹿」
「いやマジでしんどかったんだって。ってかダグ何でここいんの? 迎えに来たとか?」
「……うるせぇ」
「目、赤いけど。ひょっとして泣いてた?」
「うるせー! んなこと言ってる暇あったら集中しろ馬鹿!」
起きた瞬間に変身を終わらせ、反射的にステッキを構える。どうしてか隣で鼻を啜っているダグに話しかければ何故か怒られた。聞いただけなのに。
やはり村山のおじさんが言っていたように「男には聞いてほしくない涙ってもんがある」ということなのだろうか。あんな飲んだくれで嘘と冗談ばかりの親父でも、本当のことを言う時はあるらしい。驚きである。
それにしても、とチカは辺りを見渡す。自分が気を失ってからずいぶんと色々なことがあったらしい。
「……っていうかさ、起きたら気持ち悪いのがいたからついビーム撃っちゃったけど」
鼻先を掠めるのは籠った埃と、生臭い鉄の臭い。荒れ果てた線路の上には見覚えのある髪色がふたり、倒れている。目の覚めるような青色と、絹糸のようなプラチナブロンド。
鮮やかなそれらが塵と埃に塗れ、踏み潰された紙吹雪のように散らばっているのを見て、チカはオレンジの目を鋭くギラつかせた。
「ジュリアス。これ、あんたがやったわけ?」
『おお、起きたかお嬢さん。いやいや、吾輩だってこんなことは』
「答えて。あんたがシャノンとギルと―――それからダグを、こんな目に遭わせたの?」
そう言いながら、ちらりとチカは隣に目を落とす。空気の流れが濁った中、血の臭いだけが近くて鮮明だったからだ。それに、この中で血を流すのはチカを除けばひとりしかいない。
見れば思った通り、ダグの腹部分がどす黒く濡れて染まっているのが目に飛び込んできた。それは手で押さえられてはいたが、決して止まることなくダグの手を汚し続けている。
「おいおい待て待て。あんた今、ジュリアスって言ったか? ジュリアスって、あの?」
だがケガをしている本人は新たな情報の方が気になるらしい。そういえば知らないんだっけ、と思いながらチカは手短に説明する。
「そ。あんたが思っている通り、ドールの生みの親で人間で男で、テルタニスの開発者と友達だったんだって。今はロボットらしいけど」
「え、あ、は? おい待て、話に頭がついていかねえって」
「ついていけなくてもわかって。そういうことらしいから」
クエスチョンマークを大量に浮かべた様子のダグに無責任な言葉を放って、チカは目の前の蜘蛛をじっと観察しようとして飛び込んできた足の本数に目を逸らした。生理的に無理な八本の足とあの白衣たちにも似た球体の顔と目、それに用途の不明な馬鹿でかい鎌。それを見てチカは何があったかを思い出す。
チカがジュリアスの提案を断った直後、いきなり出てきた悪趣味ロボットをジュリアスは「防衛用ロボット」だと言って、いきなりピエロの体からそのロボットに乗り移った。ただのぬいぐるみと成り果てたピエロを足元に転がしながら、ジュリアスの次の体となったロボットは相変わらずの愛らしい少女の声で、こう言ったのだ。
「仕方がない。全ては吾輩の目指す最善のためじゃ」と。そう言って、チカたちに襲いかかってきたのだ。
『手荒な真似をしてすまないのう。しかしなお嬢さん、これ以上計画を台無しにされるわけにはいかないんじゃ』
話していたときとまるで変わらない声色で、何故か上半身と下半身が離れたジュリウスは言う。鎌の先にギルが着ていた黒い服の残骸を引っかけて、ベコベコに蹴られたらしい頭をこちらに向ける。もう一本の鎌には固まりかけた血が黒くこびりついていた。
その体で、何でもないことのようにジュリアスはチカに理解を求めた。
『仕方が無かったんじゃ。この機会を逃したらテルタニスを止めるチャンスは――』
「ねえ、ダグ。先に謝っとくわ」
「は? な、なんだよ急に」
だが、その言葉をチカは無理やり遮る。もうこれ以上聞く気がなかったし、聞きたくなかったのだ。傷つけたことを平然と話す人間の言葉なんて。
「この人ね、テルタニスを止めるの手伝ってくれるんだって」
「は?」
「私の魔法を研究して、こう、技術でそれを再現して、塔ごと吹き飛ばすんだって」
「は、はぁぁぁぁぁあ? 塔ごと⁈」
「そう。だからさ、きっとこの人の言うことに従えばテルタニスに一泡吹かせられるんだと思う」
恐らく、ジュリアスに従うのが一番近道なのだろう。それが彼らが繰り返し言う「最善」の答えなのだろう。シャノンのパーツ問題はあるが、それでもこれからのことを考えればジュリアスとの関係性は良くしておくに越したことはない。
「でも、ごめん。私、こいつのことムカつくからさ」
だが大切なものを蔑ろにした最善の道なんて、チカは御免だった。それにその後の自分に自信が持てないようじゃ、そんな近道意味がない。
「だからさ、ぶっ飛ばすわ、こいつ」
そう言いながら、チカは固くステッキを握りしめる。その表情は風の無い平原のように静かで穏やかなものであった。だが、オレンジ色の目は突き刺すような敵意を目の前のロボットに向けている。
『……おや?』
ジュリアスはその表情を見て、ようやく自分が最悪な交渉の仕方を選んだことに気が付いたらしかった。
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