67、瓦礫の合間に横たわる花束

「マジかよ、てかわかんのかシャノン⁈」

「はい。遠距離のため微弱ですが、このパターンはチカの生体反応と一致します。彼女が遺物の奥にいるのは間違いないでしょう。お見事です、ダグ」

「いやお見事っつーか、ただの推測だったんだけどよ……」


 反応を見るや否や、ずんずんと歩くスピードを上げるシャノンの背中を追いかけながらダグは頬を掻く。確かに可能性が高いと考えてはいたが、ここまであっけなく見つかるとは思っていなかった。

 もう少し手間取ると思っていたが、どうやらここから先はシャノンに搭載された生体センサーに従って着いて行くだけで良さそうである。ダグはシャノンの迷いなく頼もしい足取りに従いながら、暗いトンネルを歩いて行った。

 過去、荷物や人を車両で運んでいたという遺物の中は静まり返っており、車輪の振動どころか人がいる気配すら感じない。奥に行けば行くほど深まる闇の中に、ダグたちの足音だけが響き渡る。


「にしても拍子抜けだな。もっと警戒されてるもんかと思ってたっつーのに。こうも簡単に見つかるなんて」

「いいえ、警戒はされているでしょう。微かに妨害電波ジャミングを感じます」

「は? おいおい大丈夫なのかよ」

「ええ。感情機構に作用するもののようなので、多少ノイズは混ざりますが確認に問題はありません。どうやら私の後続機種を狙ったもののようですね」


 つまり、シャノンは想定されていたものより古い型だからジャミングの反応対象外だった、という話らしい。そのシャノンですらセンサーにノイズが走るほどの強い電波だ。もし最新式のドールであれば、今頃歩くことすらままならなかっただろう。

 ダグは知らずのうちに緩みかけていた警戒を再び引き締める。相手は都市を騒がせた犯罪集団なのだ。警戒しすぎるくらいで丁度いいのかもしれない。


「強さは段違いですが、ゴミ捨て場で感じたものと酷似した電波です。ラーフカンパニーのものに間違いないでしょう。警戒は解かないように」

「なるほどな、あの青髪連中がアホ面であの女を見てた謎がようやく解けた」


 ゴミ捨て場で間抜けにも自分たちが捕まっていたとき。あの時どうしてシャノンだけが気づき、テルタニスの手先は気が付かなかったのか、シャノンの言葉でダグはようやく合点がいった。皮肉にも、ダグたちはラーフカンパニーの技術に救われていたようだ。

 しかしダグたちを救った電波は皮肉にも今度はふたりの前に立ちふさがる。


「……わかった。無理だと思ったらいつでも言え。引きずってでも引き返す」

「了解です、ダグ」


 おかしな話になってきたなと思いながら、ダグは短くシャノンに言葉を返す。口を動かしながら足を一歩踏み出せば、かつん、と足が剥がれた壁の破片を蹴り飛ばした。

 それは軽い音を立てて通路を転がり、壁にぶつかると乾いた音を立てて割れた。小さいはずのその音は、静かな空間に反響してやけにはっきりと聞こえる。


 だが、その微かな音はその後すぐに耳に飛び込んできた轟音にあっけなく掻き消された。


「――は?」


 そんなはずがない。 


 どごぉん、と壁を突き破って突然現れたものに、ダグは目を疑った。埃と砂煙を巻き上げた瓦礫の中から見える鮮やかな色に脳が混乱し、現実を拒絶する。だが、そう思うのとは反対に彼の目には見慣れてしまった色が焼き付いて離れなかった。

 閉塞空間に漂う暗く湿っぽい粉塵の臭いが鼻の奥にへばりつく。ダグは何とか驚愕から声を上げようとして、辺りに充満する塵を吸い込みそのせいで何度も咳を繰り返した。


 こんなこと、あるわけがない。何かの間違いだ。


 空咳を繰り返すたび、擦り切れるような喉奥の痛みに涙を浮かべながらも、ダグの頭に浮かぶことは変わらない。起きていることが信じられないということ、ただそれだけだ。

 けれどそう思えば思うほど現実を知らしめるように自身の目が、鼻が、目の前の出来事をより生々しく伝えてくる。


 涙で滲む目をこすった。自分の不安からくる見間違いであってほしいと、祈るような気持ちを無意識に抱きながらダグは煙る視界に目を凝らす。

 その結果より明瞭に映った鮮やかなオレンジ色にダグは目を大きく開き、強張った唇を動かした。


「チ、カ?」


 細く、風の音に掻き消されてしまいそうな声が瓦礫に埋もれるようにして目を閉じている少女の名前を呼ぶ。しかし豊かなフリルを砂埃に汚した少女は、死んでしまった花束のようにピクリとも動かなかった。

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